05

「ジャック、駄目だ、入るんじゃない」

ジャックは、少年の静止も聞かずに、洋館の扉を鼻で押し開け、中に入る。どうやら、玄関扉まで開いていたらしい。


少年は家に入ってしまうのをかなり躊躇ったが、何か怖いことがあればすぐに出れば良いと己を宥め、意を決して洋館に入り込んだ。


中は嫌に閑散としている。

暗がりでよく見えないが、玄関からの廊下は、左右に分かれているようだ。


ジャックはもう既に玄関を出て、どちらかに行ってしまった。だが、ジャックは走っているのか、やたらに爪を立てる音が聞こえる。

どうやら、左に行ったらしい。


廊下を曲がると、まず見えたのは食堂のような場所だった。立派な長机が置かれ、高級感がある。


まさか、ここに?


おそるおそる足を踏み入れる。


広い食堂だ。

暗くてよく見えないが、全体に気品があるのは分かる。


「ジャック?いるのかい?」


少年が見回していると、いきなり、食堂の電気が灯った。


「ぎゃあああああ!」

少年は叫んだ。何かと目が合ってしまったからだ。


しかし、その正体は壁に掛けられた鹿の剥製であった。

ああ、驚いた。


だが、どうして勝手に電気はついたのだろうか。人を感知すると、電気が灯る設定なのだろうか。厭、それならば少年が入って直ぐに点いた筈だが…


深く考えないことにしよう。ジャックはどうやらここにはいない。


戻りかけて、少年はあっと驚く。

長机に、食事が並べられている。

どういうことなのだろうか。

まさか、ここで誰かが…


いや、そんな筈はない。

少年は大きく首を振った。


ちらりと、料理を覗く。

皿の上に、黒い塊のようなものが置かれている。

見たことのない食べ物だ。

眺めていると、その塊がいきなり、もぞもぞと動き出すではないか。


少年は悲鳴を上げた。


あれは食べ物ではない、少なくとも人間が食べるようなものではないのだ。

少年は、慌てて部屋を後にした。


廊下は更に続いている。


ジャックの足音が、いつの間にか聞こえなくなっている。


次に見えたのは、居間だった。

大きなソファに、机が囲まれている。


奥には、台所も見える。


暗がりを手探りで進む。流石に、二階まで上がるということはないだろうから、ここにジャックがいる可能性は高い。第一、ジャックは階段を上るのがあまり得意ではないのだ。


「ジャック、出ておいで。もう帰ろう。こんなところにいちゃダメだ」

少年は、声を潜めて呼び掛ける。


すると、またしても電気が点った。


「ジャック!そこで何をしてるんだ!」

ジャックは、ソファの下で何かを貪っていた。


「まさか、ドッグフード?」

皿のようなものに、ジャックは顔を埋めている。


いや、違う。

これはドッグフードなどではない。

隙間から見えるのは、黒々とした物質だ。

あの、食堂で蠢いていた物質に違いない。


「よせ、そんなもの食べるんじゃない」

引き離そうとすると、ジャックはこちらを威嚇するような顔を見せる。


ジャックの顔が、黒くなっている。


少年が驚いて手を離すと、ジャックは再び皿を貪り始めた。


「どうしてそんなものを食べるんだ。お前は一体どうしたんだ、ジャック。こんな莫迦なことはやめて、もう帰ろう。この家、何だか怖いよ」

ジャックは振り向きもしない。


少年はショックだった。今までにジャックがこんな反応を見せたことは一度もなかった。ジャックは温厚で、利口な子なのだ。ジャックは、この家を見てから明らかに様子がおかしくなってしまっている。


少年がどうしたものかと考えていると、台所からぱたん、と音が聞こえた。

人の足音のようにも聞こえた。


何かが、台所にいる。


少年は身震いした。

そして本能が、逃げろと少年に命じた。


ぱたん。


足音がまた聞こえる。


少年は構わず皿を貪るジャックを勢よく抱きかかえた。

ジャックが怒って、少年の腕を噛む。

痛くて、酷くショックだったが、仕方ない。

今、この子は普通の精神状態ではないのだ。


とにかく、連れ帰らないと。

少年はそう念じ、勢いよく居間を出た。



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