第9話 ヤンデレな後輩と喧嘩した件
私――
そんな、とある休日のこと。今回は九段坂に誘われ、街を歩いていく。九段坂はすっかり私と手を繋ぐのに慣れたようで、散歩にはしゃぐ犬のように私の手をグイグイと引っ張っていく。
「ところでどこに向かってるんだい?」
「秘密です。サプライズにしたいので」
ニコニコと笑いながら、九段坂は私をビル街へと導いていく。とあるビルの入口前で立ち止まったので、そのビルを見上げた時、私の第六感が告げた。
ここに入ってはいけない、と。
なにか得体の知れない嫌な予感があった。多分、ビルの窓が目張りしてあって、昼間なのに窓が真っ黒だったからだ。
「……あの、九段坂くん……」
「どうしたんですか、先輩? 早く入りましょう」
ドクドクと、自分の脈が速くなっていくのが感じられたが、九段坂は楽しそうに笑っている。その笑顔を曇らせるのもなんだか悪い気がしたので、私は否応なしにビルの中へ入ったのだった。
「ううぅぅぅぅぅぅううう」
「せ、先輩、立ってください……。後ろつかえちゃいますから……ね?」
九段坂は、しゃがみ込んで唸る私を必死で宥めすかしている。
嫌な予感は的中した。最近流行りの、街中に期間限定で登場した――お化け屋敷だ。
ビルの一角を間借りしてお化け屋敷に仕立てあげているアレだ。窓が目張りされている時点で気付くべきだったのだ。
ここまで読めばわかると思うが、私はホラーが大の苦手である。お化けとかゾンビとか本当にダメ。なので、しゃがみこんで動けなくなっている。せめて遊園地みたいに乗り物に乗って自動的にゴールまで行ければいいのだが。いやお化け屋敷の時点で全然良くないが。
しかし、いつまでもうずくまってはいられなかった。痺れを切らしたらしいお化け屋敷のスタッフが、私たちの後ろからゾンビを送り込んで急かそうとしてくる。
「にぎゃああぁぁぁぁあ!!!!!」
私は無様に泣き叫んでしまう。しかし、恐怖のあまり身体が動かない。ゾンビも客に触ってはいけない決まりがあるので、ウーウー唸ったまま動かない。私を急かそうとした結果、却って身動きが取れなくなっていた。
「もうやだ殺せ!!!ここで死ぬ!!!!!」
「先輩!?」
私は恐怖で錯乱し、床に大の字で寝転がってしまう。九段坂はオロオロしていたが、やがて意を決して、
「――先輩、失礼します!」
バッと私の身体を抱き上げて、そのまま走り出す。いわゆるお姫様抱っこの形になってしまったのだが、私はそれどころではなかったので気付かなかった。
九段坂に運ばれ、やっとのことでゴールした私たちを、スタッフが「お疲れ様でした!」と温かく迎える。私をゴールさせるために苦労したはずなのに、彼らは笑顔であった。
「うう……もういやだ……」
「先輩、終わりましたよ」
九段坂は優しい微笑みでハンカチを差し出す。私は涙でベシャベシャになった顔を拭いた。
「はぁ……それにしても怖がってる先輩すっごく可愛かった……サプライズで連れてきた甲斐があった……」
「…………」
私はその言葉を聞いた瞬間、体温が下がる心地がした。怒りというより殺意に近い。口より先に手が出ていた。
私に平手打ちされた九段坂は大袈裟なほど壁際まで吹っ飛んだ。
「せ、先輩……?」
九段坂は叩かれた頬を押さえて、何が起こったのか分からないという顔をしていた。
「九段坂くんの馬鹿! 嫌いだ!」
「先輩!?」
私はそのまま駆け足でビルを出ていった。九段坂は追いかけてこなかった。
そんな感じで、九段坂と喧嘩――というか、私が一方的に激怒したのである。
家に帰ってから、九段坂のハンカチを握りしめたままだったことに気付き、返さなければいけないわけだが、どうしよう……と悩んだまま、とりあえず洗濯した。
そんな散々な休日であった。
〈続く〉
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