第3話 ヤンデレな後輩が会社の人間と仲良くなれない件
「ねえ、
更衣室で帰り支度をしていると、同僚の女性社員が私に声を掛けてきた。
「? 大丈夫、とは?」
「例の
九段坂は新歓で嘔吐事件を起こしてから、周りの社員に避けられがちというか気を遣われるというか、どこか腫れ物に触るような遠巻きに生温かい扱いを受けていた。
「九段坂くんが、なにか?」
「あの人、なんか様子がおかしくない?」
「そうかな?」
私は首を傾げる。集中力は散漫だが、人懐っこくて良い子だと思うが。
「なんか……茜さんにベッタリっていうか、ちょっと執着が異常っていうか……」
「私が彼の担当なのだし、まだ会社に馴染めていないのだから私に頼ってしまうのは仕方ないんじゃないかな」
「そうかなぁ……」
女性社員は難しい顔をして唸ってしまった。
……そもそも、九段坂と仲良くしようと近寄ってくれる人間が社内にいないからそうなってしまうのではないかな。
私は、新歓で嘔吐した彼に「汚い」と罵声を浴びせた女性たちを思い出した。
「まあ、茜さんが問題ないっていうならいいけど……一応警戒はしたほうがいいと思うよ」
「警戒?」
「なんかあの人、ストーカー気質っていうか……そんな感じがするんだけど……」
「――それは流石に言い過ぎでは?」
私は少しムッとしてしまった。九段坂の境遇を考えると、言いたい放題言われてしまう彼が可哀想だと思ったのだ。
私が怒っていると感じたのか、女性社員は「ご、ごめん」と謝罪した。
「……お先に失礼するよ」
帰り支度の出来た私は、静かに更衣室を出ていった。
「茜先輩! お疲れ様です!」
「なんだ、待ってたのか?」
会社から一歩出ると、九段坂がブンブンと手を振っていた。飼い主を見た途端ちぎれんばかりに尻尾を振る犬のようだと思ってしまった。
「送っていきます」
「君とは反対方向だろう」
「駅まででいいですから……ね?」
九段坂は小首を傾げておねだりするように送迎を申し出る。
まあ、夜道を一人で歩くのもアレだしな、と、お言葉に甘えることにした。
「九段坂くん、どうだい、会社は」
「茜先輩と逢えるから毎日楽しいです!」
「ふっ……私じゃなくて会社に馴染めてるかどうかの話だよ」
私は思わず吹き出してしまう。どんだけ私に懐いているのやら。
「他の社員は……まだ少し苦手です。ちょっと遠巻きにされてる感じがして……」
九段坂は少し俯く。やはり新歓での出来事が尾を引いてしまっているらしかった。
「そうか……私のほうでも他の社員に働きかけてみるよ」
後輩が会社で過ごしやすい環境を整備するのも、先輩の務めである。九段坂には、あまり辛い思いをしてほしくない。
「いえ、俺は別に茜先輩がいればそれでいいですけど」
「いいわけないだろ。私が休みの日は誰に頼るつもりだ」
九段坂があまりにあっけらかんとしているので、調子が狂う。
「じゃあ、茜先輩が休みになっても誰にも頼らなくて済むように、俺もっと早く仕事覚えますね!」
「う、うん……? まあ、そうしてくれると助かるが」
誰にも頼らないなんてこと、ありえないと思うのだが、まあ九段坂がやる気を出してくれるならいいか……。
と、話しているうちに駅に着いた。
「ここから正反対の電車に乗るから、ここでお別れだな。送ってくれてありがとう」
「先輩こそ、俺のこと擁護してくれてありがとうございました」
「……更衣室の会話を盗聴するのは、流石に恥ずかしいからやめてくれないか」
「あっ、すみません! 更衣室は流石にデリカシーが足りませんでした。明日、盗聴器外しておきます」
「そうしてくれ」
その言葉を最後に、私たちは別々の電車に乗り込み、帰路に着いた。
〈続く〉
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