第2話 ヤンデレな後輩の字が綺麗な件

 さて、今日も仕事に精を出すか。

 オフィスに着いた私は両手で頬を軽くパンパンと叩き、気合いを注入する。

 隣の席の九段坂くだんざかは、ポーっとした熱っぽい表情で私を見つめている。

「なにか?」

「あ、いえ……すみません、あかね先輩に見とれちゃってました」

 九段坂は顔を赤らめ、照れたような表情をする。

「これから仕事なんだから、ぼんやりされては困るよ」

「すみません……。でも茜先輩の隣の席になるなんて、仕事に集中できなくなりそう……」

「それは困ったな。今から席替えするかい?」

「あぁあ、冗談です! 真面目に仕事します!」

「ふふっ」

 慌てた様子の九段坂に、私はやれやれ、と苦笑いをする。随分懐かれたものだ。女子校に通っていた頃も、こういう反応をする女の子はいたな。

 始業時間になり、オフィスには電話が鳴る音や電話に応対する声、コピー機の動く音など、静かながら喧騒めいたものがある。私は書類を作成するため、カチャカチャとキーボードを叩いていた。

「九段坂くん、そっちはどうだ?」

 まだ仕事に慣れていない九段坂に声を掛けると、彼はパソコンを開いたまま、紙に何か書いていた。メモでもしているのだろうか、とよく見ると、裏紙にびっしりと『あかね時子ときこ』と、私の名前がたくさん書かれていた。

「九段坂くん?」

「あっ……」

 ジトっとした目で九段坂を見ると、気づいた彼が顔を真っ赤に染める。

「真面目に仕事しろ」

「あう。すみません……」

 九段坂の額に軽くチョップする。彼は額を押さえて、恥ずかしそうな嬉しそうな笑みを浮かべていた。

「それにしても君、字が綺麗だね」

「茜先輩の名前を何度も書いているうちに、上達しました」

「ふぅん……今度、私の代わりに封筒の宛名書きしてくれないか?」

「茜先輩のお役に立てるなら、喜んで」

 封筒の宛名書き、なかなか難しいので私は苦手なのだが、他の人に任せられるのであれば頼ったほうがいいだろう。この後輩は思ったよりも色々出来そうだ。

 今後が楽しみな後輩を眺めながら、私は微笑んでいた。


〈続く〉

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