月とナイフ
S音
第1話
部屋の外から微かにカラスの鳴く声が聞こえてくる。ベッドの上で一度寝返りを打ち、目を覚ませば時計の針は17:00を指していた。窓からキラキラと夕日が差し込んでいる。昨日の早朝に仕事が終わって家に着き、少し仮眠を取ろうとベッドに寝転んで…気付けば随分と時間が過ぎていた。出勤まで後2時間。私はゆっくりと起き上がって仕事の準備を始めた。私はアドラー地区の治安維持部隊の隊員として働いている。昨日までは第2部隊隊長の教育係の阿黒さんの補佐をしてきたが、この度仕事の成果が認められて第4部隊の隊長に任命されたのだ。今日から隊長としてしっかりと部下を導いていかなければならないという責任が重くのしかかった。現在、私が住んでいる家の近くの川を跨いだところには、アドラー地区という戦闘を仕事としている人々が住んでいる場所がある。私たち治安維持部隊の任務は、このアドラー地区の治安維持だ。もちろん、自らも武装して闘うこととなる。だから自分がいつ命を失くしてもおかしくない。それでも私は、この仕事に誇りを持っている。
ハンガーにかけていた黒いスーツを着て、バッグを勢いよく肩に掛けて階段を降りた。その先のリビングにあるキッチンでは、阿黒さんが晩ご飯を作っていた。私は阿黒さんの自宅に一時的に住ませてもらっている。私はかつてアドラー地区の武装組織で働いていたのだが、ある事件をきっかけに彼と出会い、この治安維持部隊で働くことになったのだ。「炒飯、少し食べていかないか」そう言いながら阿黒さんは慣れた手つきでフライパンを操り、皿に炒飯を盛り付けている。「ありがとうございます」私は2人分の炒飯を受け取り、机の上まで運んだ。阿黒さんは一人暮らしで毎日自炊してきたせいか、料理がとてつもなく上手い。特に炒飯は阿黒さんの得意料理で、よく作ってくれている。
「そういえば、今日からお前、第4部隊の隊長だよな」そう言われて少し緊張感が増し、炒飯を乗せたスプーンを口の前で止めた。「はい、阿黒さんを見習って精一杯頑張ります」緊張した顔立ちの私を見て、阿黒さんはその大きな手で私の頭をくしゃくしゃと乱雑に撫でた。「心配するな、お前ならできる」阿黒さんにそう言われて、少し安心した。
「ご馳走様でした、美味しかったです」炒飯を食べ終わった私は洗面所で歯を磨き、外に出た。私は毎日阿黒さんの車に乗せてもらって通勤している。家も貸してもらっているから、そろそろ自立しなければと今まで以上に仕事に精が出る。そうこう考えているうちに、いつもあっという間に職場に着いてしまう。私は車から降りて阿黒さんと別れ、総軍総司令官の安斎さんの部屋へと向かった。ここには任務を貰うたびに訪れているが、いつ来ても緊張する。
「失礼します」私は一度深呼吸してからゆっくりと扉を開けた。「やあ成宮くん、待っていたよ」安斎さんの自信に満ちた明るい声が部屋中に響いた。「今日から君の部下となる2人だ、よろしく頼んだよ」安斎さんの隣には白髪に黒いコートを着た年配の男と茶髪で赤色の派手なシャツを着たチャラそうな男が立っていた。「さっそく君たちには、挨拶がてら一本仕事をしてほしい」そう言って安斎さんは私に目的地に星印を付けた地図を渡した。「ここ最近、ある武装組織の間で派閥抗争が起こっているんだ。潜入部隊によると銃声が一日中鳴り止まないらしくてね。是非君たちにお願いしたい」私はその地図を受け取って安斎さんに一礼し、2人を連れてエレベーターに乗り込んだ。
「まさか本当に女だとは、思わなかったぜ」エレベーターの扉が閉まるや否や茶髪の男が喋り出した。「ここは実力社会です。性別も年齢も関係ない」茶髪の男の言動を正すように白髪の男がそう言った。この2人の話ぶりを聞くと、どうやらお互いに面識があるようだ。このままこの2人と仕事をするのはなんとなく気まずいから、地上に着くまでに簡単に自己紹介することにした。「えっと、この度第4部隊の隊長を務めることになった成宮です。よろしくお願いします」そう言って、いつもより深くお辞儀をした。すると白髪の男が少し笑みを浮かべて白い手袋をした左手を胸に添えた。「末広です。こっちは立原。現在は彼の教育係をしています。以後お見知り置きを」「立原だ。よろしく頼むぜ」2人の挨拶を聞いて少し懐かしい思いがした。教育係とは、アドラー地区出身の子どもをスカウトし、治安維持部隊の求める人材として育成する係だ。現に私も、阿黒さんに拾われて指導してもらった。そして今、第4部隊の隊長としてここに立っている。エレベーターの扉が開く。「任務開始です」
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