第4話 普通から異常へ

 二度目の目覚め、体を起こし時刻を確かめる。幸いにも六時半と昨日起きる予定だった時刻を針が指していてほっとする。まだ少し眠たいがベットから起き上がり下で朝食を作りに行こう。


「あ、そういえば。」


 昨日見つけた楓の忘れ物であろうパワーストーンのことを思い出す。そういえば昨日あれに触れて———————。


「あれ………何があったんだっけ。」


 思い出せない。一回目覚めた記憶はあるのだがその前に何か記憶に残るようなことがあった気がする。何はともあれ返しておいたほうがいいだろう。忘れないように自分で持っておこうとベットに置きっぱなしになっている石に手を出す。


「………あれ、何でこんなに。」


―——————震えているのだろうか。

 

 体が自然と触りたくないのか、触れるギリギリで手が止まる。何故触れたくないのかがわからない。何だかこのまま触れずに後でにしておこうということにしたら石に負けた気がするので負けずと震える右手を左手で抑え、力ずくでつかもうとする。


「ふッ!………ぐがぁぁぁ!」


 震えが止まらない、。そんなに触れたくないのか?ただの石だろ?そんなに触れたくない理由はないはずなんだ。


「あと………少しぃぃッ!」


 必死すぎて呼吸をするのを忘れる。だが、少しだけ指が届いた。ここまでくれば簡単で、指先で石を前のほうへ押し出した。そして震える右手でパワーストーンをがっちり掴む。


「はぁ~。ふぅ~。」


 少し息切れをしていたので息を整え、深呼吸をする。築いたら震えは止まっていていったい何で震えていたんだという疑問だけが残る。



 勝った。………いや、何と戦ってたんだよ。


 顔を洗い歯を磨き、シャワーを済ませて制服に着替える。朝食を作りながら弁当を作る。弁当は基本的に自分で作ることが多いのだが時間がかからず美味しいものを食べれるようにするために具の半分は昨日の残りだったり冷凍食品だったりすることが多い。残りの半分は適当に朝食用で作った卵焼きや、あらかじめ作って冷蔵庫にある漬物を入れたりする。こんな感じであまり手が込んでいるわけではないのだが、普通に満足できる出来となっている。やっぱり冷食は偉大なんだなあって。朝はあまり何かを作る気力がわかないことがほとんどなのでほんとに助かっている。







「さて………と。」


 朝食を済ませて食器を片付ける。時刻は七時三十分過ぎを指しており、出発時間の八時まではまだ余裕があった。

 それまでに家事をある程度すましておくことにした。部屋の掃除を済ませ、洗濯機に服をぶち込み、今日分のごみを出す。ごみ捨ては俺がしなければならないのだがそれ以外は基本ミライがやってくれている。本当は申し訳ないのでなるべく家事は俺がやるつもりだったのだが、ミライがどうしてもやりたいと言うのでやってもらうことにした。



 ………正直有難い。今はまだ眠っているのだろうが、今日もきっと帰ってくるまでにあれこれしてくれているのだろう。


「何かお礼ってことで何かできたらなあ。」


 朝の仕事を終えてテレビをつけてニュースを流し見しながら考える。とはいっても何をしたらミライは喜ぶのだろうと模索したのは今回が初めてではない。何か上げようとか何かしてあげよう(手伝い以外で)と思うのだが、それが果たして喜ばれる行為なのかが分からないので実際に行動ができていないのだ。

 

 仮にも女の子だから何か女子が好きそうなものにしようと思ったりもするのだが、これが分かったらこんなに悩んだりしてないんだよなあ。前にこの話を鉄雄にしたのだが『流行り物はやめとけよ。女子は流行りに敏感だがその流行はすぐに終わるぞ。某ミルクティーだって今そんなに飲んでるやついねえし。』って言ってたからあまり流行っているからと言ってそれを選ぶのは良くない気がするし、前に買い出し行ったときに女の子用のアクセサリー売り場を通った際に興味があるのかと聞いたら興味はないときっぱり言われてしまった。

 

 因みに俺の知り合いの女子は『そうだねえ、プレゼントはワ・タ・シ♪でどうだい?』やら『え、それを私に聞くんですか?まあ、強いて言うなら………お金。』だの、あまり参考になりそうになかった。


「………やっぱり、自分で何かしら決めておかないとな。」


 こんな感じだからいつまでたっても決められないんだよね。








「じゃあ、そういうことだから気をつけろよ~」


 朝のHRが終わり、暫く静かだった教室が騒がしくなっていく。

 他のクラスがどうなのかは知らないけどうちのクラスは全体的にフレンドリーで明るい人が多い気がする。俺はあんまり人との交流が得意ではないのだが移動教室前に一緒に行こうと言われたり、怪我して保健室に行った後に教室に戻ると何人かに心配をされたりする。いやあ、あったけえ。


「あれ、今日鉄雄いないのか。」


 ふと右隣を向くと本来いるはずの坊主頭の少年がいなかった。もしいたとしたら『やべえ、今日の小テストやべえよぉ~』と、教室の騒がしさにプラスで耳に入ってくるんだけど。


「アイツ、とうとうサボりを使い始めたのか………。」


「鉄雄君、今日は休みなのかなあ。携帯も繋がらないし大丈夫かなあ。」


 左隣では楓が眠そうな目で携帯をポチポチいじっていた。恐らく鉄雄にメールでもしているのだろう。でもそんな雰囲気だとほんとに心配してるのか疑わしくなってくる。


「何が言いたいんだよ。」


「いやあ、もしかしたら何か誘拐事件に巻き込まれたかもしれませんよ?」


「いやいやそんなわけ………あ。」


 そんなまさかと思っていた時にふと先生がHRで言ってたことを思い出した。それと同時に他のクラスメイトがそれについての話をしているのに気が付いた。


「北島君休みってもしかして巻き込まれたのかな。また下校時間早くなったし!」


「そんなわけないでしょ!どうせ寝坊とか腹が痛いとか何か言っていつも通り来るわよ。」


 ………なんだかホントにありそうだな。



 だが、鉄雄は昼休みが過ぎても学校に来ることはなかった。


「ほらあ、やっぱり何かあったんだよ!私の友達の学校でも被害にあった子がいたんだって!」


「落ち着きなさいよ!大体それでアンタが狙われる理由なんてないでしょ!」


「でっ、でもお!」


 昼休みになっても鉄雄が来ないせいか、何人かのグループが楓がさっき言ってた誘拐事件について話していた。朝方には早帰りに対する不満についての話が多かったのだが誘拐の対象が身の回りで起きた影響か『次は俺かお前なんじゃね?やべえよお~。ハッハッハッ!』とふざけながら話してる人や狙われるかもしれない恐怖に怯えている人と、感じ方は人それぞれなんだと考えさせられた。もっとも、鉄雄が普通に風邪かなんかで休んでいたとしたら杞憂なのだが。



 結局時間は放課後まで過ぎ、鉄雄とは連絡が取れなかった。下校時間が早まり、部活動や委員会活動はなしになり、生徒たちは帰りのHR終了後即帰宅となった。


「よいしょっと。」


 リュックを背負い、駐輪場に向かう。楓は他の友達と帰るらしく、友達らしき女子たちと帰っていった。俺もこのまま何事もなく帰る予定なのだが、せっかくなので鉄雄の様子を見に家に行くことにした。今日貰った書類を鉄雄の机の引き出しに入れていたのでそれらの書類を出して、自分の予備用のクリアファイルに入れる。鉄雄の机の中は見た目や性格とは裏腹にきっちり整頓されていた。


 駐輪場に向かい、リュックを自転車のかごに入れる。鉄雄の家までのルートは覚えているのだが自分の家とは逆方向となってしまうので遅くならないうちに帰ろうと思い、自転車の鍵を開ける。


北島鉄雄きたじまてつおが気になるかい?」


「うわっ!」


 急に誰かに話しかけられたので反射的に体がビクッとする。声の掛けられた前のほうを向くと俺と同じ赤いネクタイを着けたどこかしら見覚えのあるような顔の黒髪ロングヘアーの女子だった。


「おいおい、そんなに驚くことはないだろう?ワタシは君と話がしたいんだよ。」


「話って、なんの話を?」


「さっき言った北島鉄雄クンの話だよ。」


 鉄雄の話?この子は鉄雄のファンか何かなのだろうか。まあ俺と違ってあいつはそれなりにモテたりするから親交があるとみられる俺にその話題を持ち掛けるのもおかしくはないのか。………おかしいのかな?


「ファンってことか?鉄雄は今日は休みだし何より鉄雄は———————。」


 次の言葉を発しようとした瞬間、彼女はストップと言わんばかりに指で俺の口を押さえた。


「いや、彼に興味はないよ。興味があるのはキミだよ、布津森美空君。」


 ………この子は俺のことをからかっているのだろうか。そもそも俺は彼女と話したこともないしましてや見たことも――――。




 ………あれ?


「君とお話がしたくてね。せっかくだし君の興味のありそうな北島鉄雄クンの話をしに来たわけさ。」


「え、ああ。話って何の話ですか?」


 すると彼女はまるでいたずらっ子のような笑みを見せた。


「うんうん。ようやく本題に進める。さて、そのことだがまず一つ。北島鉄雄は誘拐事件の被害者ではないよ。」


「なんだそんなことか。そりゃあ今まで女子ばっかり狙われてるのの急に男子が狙われるのっておかしな話だろ。」


 実際の心境を言うと、少しほっとしていた。まさかそんなことはとは思ってはいるけど連絡が取れないとわからないからな。


「だけど、彼は自宅にはいなくてそこではないどこかにいるよ。この意味がどういうことかは自分の目で確かめるのがいちばんだ。」


「え、それってどういう」


「おーい、そこのお前!」


 左側から声がしたので反射的に振り向くとそこには上下ジャージを着た恐らく他学年の体育の教師であろう人物が遠くから手を振って恐らくだけど俺たちを読んでいた。


「一人で何やってるんだー!早く帰れー!」


「いや、一人ってここにもう一人って、あれ?」


 もう一度振りむくとさっきまでいたはずの彼女の姿はなかった。


 もしかしてさっきの子は幻影だったりするのだろうか。少し自分が恥ずかしくなったのと同時にさっき言ってた幻影らしき子が言ってた言葉が引っ掛かりつつ俺はおペダルをこぎ始めた。









 鉄雄の家に着き家の前に自転車を置く。インターフォン前に行きボタンを押す。ピンポーンという音がインターフォンから何度も響き渡る。

 

 ………が反応はなかった。さっきのことで少し不安になっていたので思わずインターフォンを連打しまくった。何回も連続で押すが音は遅れて一定のペースでなり続ける。一分ほど鳴らし続けて流石にやりすぎだと思ってしまい押すのをやめた。


 すると扉からカコッと鍵が開く音が鳴る音がしたので人がいることを確認する。そうなるとあれだけピンポンしたのは流石に申し訳ないと思ってしまう。出てきたら謝ろう。



 と、思ったのだが鍵を開けたっきり出てこない。どうやら扉の向こうにいるのは鉄雄ではなさそうだ。一分半ぐらい経った後にようやくゆっくり扉を開け始めた。扉からひょっこりと青色のアホ毛が出てくる。頭が出てきて次第に目が出てくる。するときょろきょろしだして後に俺とようやく目が合った。


「や、やあ。」


 俺の顔を視認した瞬間様子は一変扉を思いっきり開けて鬼のような形相でこちらに向かってきた。


「あんたねぇ~!ピンポンピンポンピンポン!一回ならせばわかるっつーの!アンタだと思ってたらこんなに時間かけなかったじゃない!あー、時間かけて損した!」


 ………どうやら北島家の義妹様はここまで来るまでに様々な葛藤があったそうで。


「ご、ごめんごめん。ところで優芽、鉄雄は家にいるのか?」


 俺は咄嗟に話を変えて本題に入ろうとする。


「え、お兄ちゃん?お兄ちゃんなら朝普通に学校行ったと思うんだけど。」


「え?」


「え?じゃないわよ。なに、お兄ちゃん学校に行ってないの?」


 おかしい、学校に来ずに家に思っていたのにそこにいた人物は学校に行ってると言う。そしてふと駐輪場あの子が言っていたことを思い出す。


「家にはいなくて別のところにいる………。何でそんなことが分かるんだ?」


 というかそもそもあの子は鉄雄が被害者ではないとも言い切れた(そんなことはないだろうけど)んだろうか。


「あ、お兄ちゃん。」


「え?」


 そういった優芽が言っていたほうを向くとそこには言った通り彼女の兄の鉄雄がいた。

 ………だが様子がおかしい。全身、服はボロボロでふらついていていつ倒れても不思議ではない様子だ。


「なによ、普通に学校に行ってるんじゃない。」


 いや、確実にアイツは学校にはいなかった。これは俺だけじゃなく他の人達も認識済みだ。


「美空、優芽………ウッ、グアアアアアッ!


 次の瞬間、頭を押さえて苦しみ始めた。どうしたと聞く前に鉄雄は俺達とは逆のほうへ走っていった。


「ちょっ、待てって!」


 俺は自分の自転車に飛び乗り、ペダルを踏んで鉄雄を追いかけに行った。















「―――――フフッ、さあどうする?」


 どこかで誰かが、彼の様子を監視していた。



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