EP.14
「ここが図書室か……」
剛は、感嘆の声を漏らした。図書室は、吹き抜けになっており、壁一面本棚になっている。しかも、かなりの奥行きがあり、奥の壁までに本棚がおそらく二十程ある。その棚にも、本がほぼ隙間なく並んでいる。
興奮を抑えながら、棚の本を物色する。ありとあらゆる本が、棚には並んでいた。
「すごいな……」
背表紙を指でなぞりながら、剛は感嘆の声を漏らした。その声は、まるで本に綴られるかのように、空気中に溶け消えて行った。
ふと、背表紙をなぞる手を止めた。『常世とあの世のはざま』と書いてある。その背表紙は、年季の入った様子だった。剛は、なんとなくその本を手に取り、ページを捲り始めた。本には、この今いる世界の話と思われる内容が書かれていた。彼は、とりつかれたように、本のページを捲った。
書物を読んでいると、自分がこの世界に来る直前の様子を急に思い出した。突然脳内の靄が晴れた。自身が交通事故に遭った事を思い出したのだ。そして、事故の衝撃で、自分の首が有らぬ方向に曲がっていたのを一瞬見たこと、凄惨な様子を思い出して身震いをした。
「そうだ……。俺は、ここに来る直前に、事故で死んだんだ……」
事故は、運転者の過失であった。わき見運転だった。
剛は、内心ほっとした。彼は、自分の死を簡単に受け入れ、この世界に来たことを喜んだ。
そして、剛は考えた。叶奈と涼太は、死んでいないのにこの世界にいる。本によると、この世界に来るには、瀕死の状態であるか、死んでいるかの選択肢しか記載されていない。この本が正しいのであれば、二人は、死んだか瀕死の状態でいるということになる。
本を読み進める。すると、『彗星の呼び出し』という文章が出てきた。叶奈と涼太は、このパターンでこの世界にいるのかと、納得した。しかし、そこにはある条件が記載されていた。
「呼び出されるのは、あくまで昏睡状態である事……? じゃあ、あの二人は……」
どう見ても、二人が昏睡状態であることを想像するのは、難しかった。ここに来る直前まで、涼太はカフェを営業していたのだ。にわかには、信じ難かった。
想像し難い現実に、剛は、眉間を押さえた。仮に、二人が昏睡状態だとして……と、考える。二人の肉体はいずこにあるのか?
病院とは考え難い。少なくとも、涼太は、カフェで常連客と会話を交わしている。もし、彼が昏睡状態なのだとしたら、どうやって彼は接客をしていたのだろうかという疑問が残る。
剛は、本を開いたまま、天井を見上げた。虚空に答えがあるはずがなかった。
ふと、誰かの気配を感じて、剛は周りを見渡した。人影は見当たらない。しかし、はっきりと、人の気配がある。剛は、もう一度気配の主を探した。
棚の向こうに、白いワンピースの女性が隠れるのが見えた。剛は、「待て!」と言って、後を追った。彼女が消えた棚に回ると、後ろ姿の状態で彼女が立っていた。
「あんたは一体……」
彼女はゆっくり振り返る。その女性は、華奢で、まるで物語にでも出てきそうな女性であった。
「あなたは、もう戻れない人ね……」
彼女は、凛とした声で、その一言だけ告げた。
「あぁ……。俺は、把握している。しかし、わからないのは林太郎以外の残りの二人だ。あの二人は、どうして死んでもいないのに、この世界に呼ばれたんだ?」
「あの二人は、かりそめの世界に生きていただけ。本当の二人を、あなたは知らない」
彼女は、凛とした声で続ける。
「本当の二人は、今も夢の中。目覚めるかどうかは、彼女たち次第」
そう言うと、彼女はまるで砂漠の砂のようにさらさら空気中に消えて行った。
「今のは一体……? しかも、二人は夢の中って、どういうことだ……?」
剛は、不思議さと不気味さを感じながら、彼女がいた場所をじっと見つめていた。
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