EP.13
窓から差し込む朝日によって、涼太は目を覚ました。眠い目をこすりながら、おもむろにベッドから降りると、洗面台へと向かう。トイレと洗顔を済ませ、口をゆすぐ。場所は違っても、染み付いた習慣はどこへ行っても変わらない。
部屋に戻ろうとすると、ダイニングキッチンから、パンの香ばしい匂いが漂ってきた。涼太は、匂いにつられてダイニングキッチンへ入って行った。トーストの主は、ツナグだった。
「おや、起きたのかい? おはよう」
涼太に気付いたツナグは、涼太に挨拶をした。
「おはよう」
涼太は挨拶を返し、辺りを見渡す。ちょうど、トーストを皿に乗せたところだった。
「僕も、トーストをいただこうかな……」
涼太は、ツナグに食パンの場所を確認し、自分の分の食パンをトースターにセットして、自分の番を待つ。
カシャンッという音と共に、綺麗に焼きあがったトーストが顔を出す。ツナグは「あちちっ」と言いながら、トーストを皿に乗せた。
「コーヒーはいるかい?」
ツナグが、涼太に問いかける。
「そうだね。いただこうか」
ツナグは頷いて、カップにコーヒーを注いだ。コーヒーの香ばしい香りが辺りに漂う。
「バターならここにあるよ。ジャムは冷蔵庫にあるから、好きな方を使うと良い」
涼太は、ツナグの言葉に礼を言って、バターをトーストに付けた。
黙々と食べる一人と一匹。サク、サク、と、トーストの良い音がダイニングキッチンに響く。
「気分はどうだい?」
ツナグは、涼太に問いかける。
「悪くないね。むしろ、良い方かもしれない」
涼太の言葉に、満足げにツナグは頷いた。
「自分の軸は見つかりそうかい?」
ツナグの問いに、涼太はトーストを持つ手を止めた。
「わからない。でも、僕は僕だという気持ちでいるのは確かだね」
「なるほど」
涼太の答えに、ツナグは満足そうにトーストを齧った。サクっと、ここ一番の良い音がした。
涼太とツナグは、軽く談笑しながら、朝食を済ませた。
「おはよう! うーん、良い匂い!」
一人と一匹が談笑しているところに、叶奈が入って来た。叶奈は、挨拶もそこそこにトーストを焼き、適当に取ったマグカップに水を入れて、ぐびぐびと一気に飲み干した。
「おはよう。よく眠れたかい?」
「おはよう」
ツナグと涼太の言葉に、
「おはよう。よく眠れたわ」
と、にっこりと笑顔で返した。
叶奈は湯を沸かし、ココアを作り出した。どうやら、物の場所は既に把握済みらしい。
トーストが出来上がると、冷蔵庫からいちごジャムを取り出し、たっぷりとジャムを塗り付けた。
てきぱきと朝食の準備を終えると、叶奈は大きく口を開けてトーストに齧り付いた。
とてもおいしそうに食べる叶奈の様子に、涼太は満腹なのも忘れて、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「『自分の軸』って、難しいよね」
不意に、叶奈は涼太に話し掛けた。涼太はコーヒーカップを持つ手を止めた。
「そうだね……。でも僕は、もし軸が見つからなくても、自分は自分だと思うし、それが結局は軸になるような気もするんだ」
涼太の言葉に、叶奈はにっこり笑って、言葉を返した。
「それもそうね。私は私よね」
「うん」
そんな二人の様子を、ツナグはにこにこと見つめた。
「おいしそうな香りがすると思ったら……」
林太郎が、あくびをしながら、ダイニングキッチンへ入って来た。林太郎と叶奈は、林太郎の寝癖の話で盛り上がる。まるでうねる枝のような寝癖だ。その声につられたのか、剛も顔を出した。
「おや、おはよう。君も朝食にトーストはどうだい?」
ツナグは、すぐに剛に気付き、声をかけた。剛は低血圧のせいか、とても反応が悪い。しかし、ツナグには、辛うじてトーストとコーヒーを貰うことは伝えた。ツナグは、嬉しそうに用意を始めた。
「おいしいな……」
ツナグの淹れたコーヒーを一口飲んだ剛は、コーヒーに感動しつつも、むすっとした顔のままトーストを齧った。顔とは対照的な、軽快な音だった。
林太郎は、いつもの陽気さのまま「今は、こんなおいしいものもあるのだなぁ」と、感心しきりだった。林太郎にとっては、何もかもが新鮮だった。
「君たちの世界には、昨晩の食べ物や、この食べ物は普通に存在しているのかい?」
林太郎は、目をキラキラさせながら三人に問いかける。その問いに、涼太が代表して答えた。
「はい。よく食べていますし、このトーストとコーヒーは、僕の店では定番の食べ物と飲み物です」
林太郎は、「へぇ」と目をぱちくりとしながら、トーストをまじまじと見つめた後、一口齧って、トーストを見つめた。
林太郎がトーストを、一口、また一口、と食べている間、叶奈と涼太は、この世界にいつまでいられるのかについて話し合い始めた。しかし、どれも推測の域を出る事はなかった。
そんな二人の話を聞きつつも、ツナグはあえて話には入ることはしなかった。ツナグ自身わからないことだった。二人の会話を聞きつつ、剛の様子を観察していた。
剛は、無言でコーヒーを飲みつつ、二人の会話を聞いていた。聞きながら、自分がどうやってこの世界辿り着いたのか思い出そうとした。しかし、肝心の所に靄がかかり、結局は思い出せなかった。
林太郎は、そんな周りを見ながら、自分が死んだことを静かに受け入れていた。今際の際に自分を囲んでいた家族を思い出す。優しくて、でも、寂しそうなみんなの顔が浮かぶ。我ながら、大往生であったと思った。
そうこうするうちに、皆朝食を終えた。
「朝食後は、皆どうするんだい?」
ツナグは、全員を見渡しながら問う。
「私は、散策しようかな。この間行った湖に行きたい」
叶奈は、いの一番に声を出した。出かけたくてうずうずしている様子だった。
「僕も、その湖に行ってみたいな」
涼太も同調する。
「じゃあ、一緒に行きましょうよ」
「そうだね」
「それじゃあ、私もお供させていただこうかな。懐かしの湖は、何度でも行っておきたい」
林太郎も、名乗り出た。
「君はどうする? 一階の奥には、図書室がある。そこで好きなだけ読書しても構わない。僕は、彼らに付いて行くけど、一緒に来るかい?」
ツナグは、剛に問いかけた。剛は、少し考える素振りをした後、
「俺は、ここの世界の本に触れてみることとするよ」
そう言って、部屋を出て行った。
「さて。そうと決まれば、ピクニックの準備をしなくては」
ツナグはそう言うと、バスケットを棚から出すと、湯を沸かしながら、ビスケットやらカップやらを詰め込み始めた。叶奈や涼太たちも慌てて手伝う。
準備ができると、三人と一匹は、ぞろぞろと館を後にした。
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