第34話 緊張

 (どう考えても、近くない……?)


 両親から見られるのはまだわかる。

 だが、両親以外にもなぜか別の保護者が二組私の周りをウロウロとしていた。


 (な、何で、さっきからアイザックのお父様も国王夫妻も私のとこに来るのー!?)



 ーーこの状況に至るまで、少々遡る。



「どうも初めまして、クラリスの母です。至らぬ娘ですが、よろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「クラリス、あとで話があるからね」

「ひぃ」


 授業開始早々ツカツカと二人とも私のとこに来ると、母がアイザックに挨拶したあとすぐさま二人してぐるんとこっちを見る。

 その表情はにっこりと微笑みつつも、どう見てもただ笑ってるだけじゃないよオーラが滲み出ていてピシリと私の背筋が凍りつく。

 特に母からの怒りのオーラのだだ漏れが凄まじく、明らかに連絡不足のことで怒っているようだった。

 一応今日だって式服は着てないし、いつもは疎かな身嗜みも今日はオリビア監修のもと、ちゃんとしてきているので、そちらに関してはお咎めはないと信じたい。


 (早く今日一日終われ〜!!)


 一瞬で今日が終わる魔法があるなら今すぐ発動させたい、と思いながらもそんなことはできるはずもなく、私は材料と釜と教科書をにらめっこしながら、なるべく両親のほうを見ないように努めている。

 すると、突然騒つく教室。

 あまりの騒ぎっぷりに思わずびっくりして材料を釜の中に落としそうになると、すんでのところでアイザックが材料をキャッチしてくれてことなきを得る。

 もし落としていたら確実にミスリルの生成に失敗していたので、ホッと胸を撫で下ろした。


「ありがとう、アイザック」

「いや、気にするな」


 (随分と騒がしいけど、誰が来たんだろう?)


 好奇心のまま振り返るとそこには一組の保護者がいた。

 しかもその周りには黒いローブを着ている人達がぐるりと彼らの周りを取り囲んでいる。

 どうやら黒ずくめの人達は護衛なのか、その保護者達を守るようにずっと側にくっついていて、一気に教室内が異様な雰囲気になった。


「陛下よ……! 陛下がいらっしゃっているわ」

「王妃さまお綺麗……っ」

「いつ見ても仲睦まじいご夫婦ですわ」

「こんな間近で拝見できるだなんて!」


 周りの言葉を聞く限り、どうやら彼らは国王夫妻らしい。

 ということは、つまりエディオンの両親である。


 (生で見るのは初めてだけど、威厳やオーラが半端ない。てか、こうして見るとエディオンにそっくり)


 一応国王夫妻について絵画などで見たことはあるが、引きこもりだったがために実物を見るのは初めてであった。

 さすがエディオンの両親というべきか、それぞれ整っている顔にエディオンと同じ金髪。

 キラキラと後光が差しているようなオーラは妖精からの加護のおかげのようで、誰よりも輝いて見え、眩しいくらいだ。

 現在隣にいる私の両親はまさか国王の子供が同級生だとは思ってなかったようで、あまりの衝撃からか二人とも固まっていた。


「どういうこと、何で国王陛下が……っ」

「クラリス、どういうことなの?」

「……そこにいるエディオンは第三王子だから」

「何でそれを早く言わない……!!」

「というか、さまをつけなさい! さまを!!」


 コソコソと話しかけてくる両親。

 そんな理不尽なことを言われても、と思うが、手紙を出さない不義理をしている手前、下手なことは言い返せない。


 (でもよかった、やっぱりエディオンと一緒に授業を受けてたら何を言われたか)


 自分の判断は正しかったとホッとする。

 すると、また一際ザワっと教室が大きくざわめいて、今度は何かと思っていると、もう一人別の保護者が教室に入ってきているところだった。


 (あれ、あの顔見たことある気が……?)


 その人物はやけにキリッと整った顔つきの男性だった。

 大きな体躯に綺麗に整えられた髭。

 濃紺の長い髪を一纏めにし、険しく感情を見せない彫りの深い顔は誰かに似ている気がする。


「キーリス、遅かったな」

「申し訳ありません。少々仕事が立て込んでいたもので」

「相変わらず真面目だな、貴様は。せっかくの息子の行事なのだから、それくらい後回しにすればいいだろう」

「陛下のようにそうやって後回しにしておりますと業務が滞りますので」

「……全く。つくづく手厳しいな、キーリスは」

「ふふふ、キーリスのほうが一枚上手だったようね」


 どうやら国王夫妻と仲がいいようで、フランクに話し始めるのが聞こえる。

 それを授業そっちのけで見る他の生徒や保護者達。

 パッと隣のアイザックを見たら、彼らのことを気にする様子もなく黙々と作業を進めていた。


「キーリスさままでいらっしゃったわよ」

「今年の授業参観は豪華ね」

「さすが、魔法統括大臣だわ。空気が一気にピリついた」

「えぇ、いるだけでちょっと緊張するもの」

「わかる。身が引き締まるわよね」


 (魔法統括大臣……?)


 先程の保護者を見てからアイザックを見る。

 そこで初めて二人がそっくりだったことに気づいた。


「アイザック、もしかしてあの方って」

「……俺の父さんだ。気にするな。授業に集中しろ」

「わかった」


 そんなやりとりを私とアイザックがしていると、なぜか私達の釜の周りが騒がしくなり、気づけば先程のロイヤルな御一行……国王夫妻とアイザックのお父様がこちらに向かってゾロゾロと移動してきていた。


 (な、なんで、こっちに来るの!?)


 百歩譲ってアイザックのお父様が来るのはわかる。

 だが、なぜ国王夫妻まで私のところに来るのか。

 しかも明らかに釜ではなく、私を見ている。


 (一体どういう状況!?)


 そして冒頭に至るわけだ。

 せめて釜の中や手順を見るならいいとして、なぜか彼らの視線は私に降り注がれている。

 きゅううう、と見られていることが非常にストレスで胸が苦しくなる。

 俯きながらひたすら釜の中をかき混ぜることに集中していると、「この娘で間違いなさそうだな」「えぇ、バターブロンドのとびきり可愛い娘だってエディが言ってたもの」「でも今日はエディと一緒ではないんだな」「そうね、せっかくエディとの仲睦まじい姿が見られると思ったのに、残念だわ」と不穏な会話が聞こえてくる。

 近くにいる両親達もキュッと口元を引き結び、明らかに緊張してますといった表情をしていて、こういう部分は親子だなと実感した。


「クラリスちゃんのご両親ですか?」

「はははははははい。わわわわわたくしめが彼女のご両親です!」

「ちょ……っ、貴方。緊張しすぎよ」

「はははは、同じ保護者として緊張しないでくれ」

「そうですよ。今後も親子共々よろしくお願いしますわ」

「はははははははい!!」


 隣で繰り広げられる親同士の会話に耳を傾けてつつ、何を言われるのかと内心ヒヤヒヤする。

 この様子だと、恐らくエディオンが私のことを陛下達に伝えているのだろうが、一体どのように伝えているのか、と今すぐエディオンに問いただしたい気持ちをグッと堪えて口をギュッと結ぶと釜の中身を混ぜることに注力した。

 というか話題もそうだが、小心者の父さまがそろそろ心労で倒れないか、そういう意味でも心配ではある。


「アイザック、調子はどうだ?」

「……別に」

「そうか」


 隣からも親子の会話とは思えない殺伐としたやりとりが聞こえて、私の心は修羅場と化していた。


 (先生!! こんな状況でミスリルを作れと!???)


 もはや私にとって地獄と化した授業参観に誰も救いの手を差し伸べてくれる人はいない。

 私は胃がキリキリと痛みながら、ミスリルを作ることだけに集中することにした。

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