第14話 婚約者
「クラリス、クラリス……っ!!」
「マリアンヌ……」
ホールから飛び出し、バルコニーで蹲っているとマリアンヌが血相を変えてやってくる。
どうやらどこかから私達の様子を見ていたらしい。
だが私はマリアンヌの顔を見るとカーッと頭に血が上り、怒りのまま詰め寄った。
「マリアンヌは知ってたんでしょう!? エディオンが王子だって!」
親友だからこそ信じていたのに、裏切られたと胸が苦しくなった。
私のことを一番に理解してくれていると思っていたマリアンヌの行動に、なぜそんなことをしたのかと知りたくて問い詰める。
「ごめんなさい。エディオンがこの国の第三王子だってことは知ってたし、クラリスがそれに気づいてないこともわかってたわ」
「何で……、どうして言ってくれなかったの!? 私、目立ちたくないってあれほど言ってたじゃない!!」
「それも、わかってはいたけど……」
「だったら、どうして!? どうして教えてくれなかったの!??」
「だって、言ったら貴方エディオン王子の誘いを断るでしょう? せっかく、やっと外に出られて、NMAにも来れて、だから私……クラリスに変わってもらいたかったの! 貴女には素晴らしい力もあるし、素晴らしい人柄だし、もっとたくさんの人にクラリスのことを知ってもらいたくて……!!」
「そんなの私、望んでない! 私は……私はこんなことになるなら、NMAなんかに来なければよかった……っ!!! マリアンヌなんて、大っ嫌い!!!!」
「っ、クラリス……!!」
マリアンヌに思っていたことを全部ぶつける。
もう止まらなかった。
マリアンヌを信じていたからこそ、この裏切りだけはどうしても許せなかった。
私は叫ぶように大声で言うだけ言うと、今度はホールに戻り、エントランスに向かって走り出す。
一刻も早くこんなところを出て、寮へと戻りたかった。
「貴女が、クラリスさん?」
足早に会場を出ようとしたところで女性から声をかけられる。
振り向くと、女性三人組が険しい表情をしながら立っていた。
特に中央に立っている女性の威圧感は凄まじく、茶色くウェーブした髪は少々毛が逆立ち、真っ赤な瞳からは怒りが滲んでいる。
「ちょっとお話がありますの。来てくださる?」
「え」
抗議する間もなく、ガシッと両サイドを固められる。
(ここの生徒、強引な人が多くないか?)
私は今すぐ寮に帰りたいというのに、彼女達に両腕を引っ張られると、さすがに抵抗することもできずにそのまま人気のないところへと連行された。
◇
「そ、それで、話って?」
「とぼけないで、エディオンさまのことよ!」
今まさに頭を抱えていた案件がまた降ってきて、再び頭が痛くなる。
「貴女、私がエディオンさまの婚約者だと知っててあのような行動をなさっていたの?」
「え!? 彼、婚約者がいたの!?」
「当たり前でしょう!? エディオンさまは第三王子よ」
「こちらのミナさまは侯爵令嬢としてお育ちになって、幼少期からエディオンさまとの婚約を交わしていらっしゃるわ」
「それなのに貴女はエディオンさまを誑かして……っ!」
「たぶ……っ!? わ、私は誑かしてなんか……っ」
「嘘おっしゃい!? ここのところエディオンさまがずっと貴女と一緒にいるのを知っているのよ!?」
一緒にいると言われても、どちらかというとエディオンが私にくっついてきたというか、私のところに積極的にやってきたのだが。
とはいえ、そんな事実を言ったところで納得してもらえないだろう。
そもそも婚約者がいるのに、なぜエディオンは私にちょっかいを出してきたのか。
厄介なことに巻き込まれ、あまりの理不尽さにエディオンにも怒りが湧いてくる。
「見た目だけはいいものね、貴女」
「いつもフードを被っているのも、わざと目立とうとしているのではなくて?」
「魔力暴走したのだって、本当は目立つために仕組んだんじゃ? それでエディオンさまに取り入ろうなんて、浅はかな女ね」
前世を彷彿とさせる罵りに身体が震える。
(あぁ、この感じは知っている、これは嫉妬だ)
そしてこれがどれほど酷い悪意になるのかも心得ていた。
(……怖い。また私、同じ過ちを繰り返すの?)
あの恐怖が蘇る。
息が苦しく、目の前が真っ暗になってくる。
そして、身体の底から恐怖と共に何か得体の知れないものが溢れ出しそうだった。
「君たちはそこで何をやっているんだ」
低く、通る声が聞こえて顔を上げる。
そこにいたのはノースくんだった。
「な、何よ。ちょっと女子会してただけよ」
「ねぇ、ミナさま」
「えぇ、何か問題があって?」
「俺からはとてもそうは見えなかったが?」
彼が一睨みすると、まるで蛇にでも睨まれたかのように竦み上がる三人組。
「ま、まぁ、いいですわ。言いたいことは言えましたし。行きましょう」
「そうですわね」
「行きましょう行きましょう。せっかくのパーティーですもの、楽しまないとですしね」
ミナ達は言い訳がましくぶつぶつと言いながら足速にパーティー会場へと戻っていった。
それを見つめながら、ホッと私は胸を撫で下ろす。
先程までグラグラと迫り上がっていた何かもいつの間にか消えていた。
「あ、あの……っ、ありがとう」
「いや、大したことはしていない」
それだけ言うと、ノースくんはすぐさま踵を返してパーティー会場へと行ってしまう。
もっとちゃんとお礼を言いたかったのだけど、さすがにまたあのパーティー会場には戻る気になれず、私は静かにパーティー会場を出て一人で寮へと戻るのだった。
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