第13話 新入生歓迎パーティー

「ようこそ、新入生達! 本日は心より君たちの入学をお祝い致します!! 精一杯楽しんでください」

「クラリス、キミは何か食べるかい?」

「いえ、大丈夫です」

「そう? せっかく来たのだから、何かを口に入れたほうがいいよ? それとも早速踊るかい?」

「いや、それは……じゃあ、やっぱり何か食べ、あ、飲みます」

「そうか、では早速飲み物を持ってこよう」


 そういうと、エディオンは上機嫌で飲み物を取りに行く。

 私はやっと一人になれたと「ふぅ」と息を吐いた。

 それにしても歓迎パーティーだから全校生徒が集まってるそうで入学式に比べ人数が多い。

 確かNMAは六年制だから、ザッと計算しただけでもここに千二百人はいるということだろう。

 今まで引きこもっていたぶん、人がたくさんいる空間に身を置いたことがなかったので、正直ここにいるだけでも人酔いでクラクラした。


「ねぇ、あの子」

「そうそう、あの入学式で魔力暴走したっていう」

「やっぱり?」

「ていうか、エディオンさまを使いっ走りにするってあの方どういう家系の方?」

「さぁ? 貴族らしい、としか……」


 周りからの視線に気づいて再び静かに嘆息する。

 先程からヒソヒソ話が聞こえるのだが、この喧騒のせいでそれなりに声が大きいせいかこちらに丸聞こえであった。

 というか、エディオンさまって言われてたけど、この人そんなに有名なのかしら。

 マリアンヌもハーパーもオリビアもみんな知ってるみたいだったし。

 引きこもりが災いしてろくに人のことを覚えていないために誰が貴族で誰が庶民なのかもまるで検討がつかない。

 とりあえずエディオンは物腰の柔らかさ的にも貴族なのだろうとは思うが、周りの口ぶり的には侯爵か公爵くらいだろうか。

 そんなことをぼんやりと考えていると、飲み物を差し出される。


「これでいいだろうか? ベリーのジュースらしい。女性が好む味だと聞いたが、口に合えばいいのだが」

「あ、ありがとうございます」


 受け取って口をつける。

 すると、口の中に酸味がパッと弾け、その後まるやかな甘さが広がり、今まで飲んだ飲み物の中で一番美味しかった。


「あ、美味しい」

「それはよかった! まだ他にも色々とあったから、他にも飲むようだったら持ってこようか?」

「あ、いえ。大丈夫です」

「そうかい? 遠慮しなくてもいいんだよ?」


 そうは言われても、さすがに陰口を言われたばかりでエディオンを使いっ走りにするのは気が引けた。

 そのため、「ほら、いっぱい飲んだらトイレに近くなるかもしれませんし」とそれらしい答えを告げると「ぷっ」と噴き出すエディオン。


「あははは、クラリスは面白いね。うん、さすが僕の目は節穴ではなかったということだな」

「な、なんか変なこと言いました?」

「いや、その逆さ。キミは素直で素敵だと思ってね」

「それは、どうも……」


 毎度ながらエディオンは私のことを褒めてくれる。

 本音としては嬉しいは嬉しいものの、やっぱり何か下心があるのではないかとどうにも勘繰ってしまう。


「ダメね、前世のことを引きずりすぎているわ、私」

「ん? 何か言ったかい?」

「いえ、何でも」


 前世のことを繰り返さないためにも、変えていかないといけないとはわかっていた。

 こうしてエディオンだって好意を持って接してくれているのだし、私もある程度応えなくてはと思っているのだが、どうしてもトラウマなせいで素直に心が開けない。


「では喉も潤ったし、せっかくだから一曲踊ろうか」


 手を差し出され、それにゆっくりと乗せる。

 とにかく、ごちゃごちゃ考えてたってしょうがないわよね、と意を決して私はエディオンと一緒にダンスホールへと向かうのだった。



 ◇



「凄い……」

「妖精の加護かな? 綺麗だね」


 先日の入学式とはまた違った演出に胸が躍る。

 キラキラと光の粒子が様々な色で舞い、さらに虹のようなものが人々の周りをゆっくりと周回していった。


「どんな魔法なんだろう……」

「ね? 僕も気になるなぁ」


 言いながら先程よりも近い距離にドキドキとする。

 ダンスをするのだから距離が近いのは当たり前なのだが、こうして男性と一緒にダンスをしたことは父以外初めてだったので、なんだか意識すると心臓が突然物凄いスピードで動き出した。


「あ、あの、私ワルツしか踊れなくて」

「そうか。では、ワルツを踊ろう。エスコートは任せて、僕がリードするからクラリスはついてくるだけでいい」

「わ、わかりました」


 曲に合わせてステップを踏む。

 やはりエディオンは良家の子息のようでダンスはとても上手く、リードも自然にしてくれて私が戸惑うことなく引っ張ってくれる。

 まるでダンスが上手くなったような錯覚をしてしまいそうになるほど、彼はリードが上手で、今まで苦手だったダンスも楽しいと思えた。


「どうだい、僕のリードは問題ないだろうか?」

「えぇ、凄い上手でびっくり。私こんなに踊れたのは初めてよ!」

「それはよかった。日々ダンスの練習をしてきたかいがあったというものだ」


 気持ちが高揚する。

 久々に気持ちよく動けて楽しく、こんなにもダンスって面白いのか、と心の底から思えたときだった。


「さすがエディオン王子、ダンスが上手ね」

「そりゃ、王子の中でも最もダンスが得意と言われているしな」

「あのエディオンさまと一緒にいる女性も綺麗だけど、まさか婚約者かしら?」


 (……エディオン、王子……?)


 心の中で反芻する。

 そして、今までの周りの言動を思い出してパズルのピースがハマっていくのを感じた。

 マリアンヌがエディオンの名を聞いてびっくりしてたのも、周りの人達がエディオンを知っていたのも、エディオンが甲斐甲斐しく私のために動いていることに苦言を呈されていたのも……。

 頭の中で様々な記憶が駆け巡る。

 そして、ハッと我に返るとダンスに興じる生徒達も、それを外から眺めている生徒達も、みんなが自分達に注目しているのに気づいた。


「うっ」

「大丈夫かい!?」

「だ、大丈夫です。ちょっと人酔いしてしまったのかもしれません。申し訳ありませんが私は休憩しますので、エディオンさまは他の誰かとでもぜひ踊ってください」


 そう言うと私は足早にダンスホールを出て行く。

 注目されたくないのに注目されてしまう悪循環と再び迫り上がってくるトラウマによる吐き気を催しながら、私は俯きながらとにかく人目につかないところに行こうと無我夢中で走るのだった。

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