青春クレッシェンド〜さよならピーナッツ編〜

恋するメンチカツ

さよならピーナッツ

「突然ですがピーナッツ君が転校します」


 本当に突然過ぎる先生の一言に俺は言葉が出なかった。周りのクラスメイトも唖然とした表情のまま固まっている。


「ハハハ、どうしたお前ら、固まっちまって。笑って送り出してやろうぜ」


 そう言い、明るく振る舞う先生に(門限17時の自称ヤンキー)小林がキレた。


「先生! さっきからなんなんすか? 誰すかピーナッツって」


 ナイスだ小林。そうだピーナッツって誰だ!男のくせに襟足が長いだけの事はあるな小林。


「小林〜、先生に向かってその口の聞き方はないだろ。廊下に立っとれい」


 不貞腐れながら廊下へと向かう小林の襟足は今日も艶があった。きっと良いコンディショナーを使っているのだろう。


 ざわつく教室の中で(御手洗いの門番)春日が静かに手を上げた。休憩時間の個室トイレは大抵この春日によって固く閉ざされている。


「なんだー、春日」


「あの、先生、トイレ」


「行っトイレ」


「ふふっ。はい」


「今笑ったろ?」


「えっ」


「廊下に立っとれい」


 泣きながら廊下へと向かう春日を見るに、春日の時限タイマーはもう作動しているのだろう。早くこの状況を打破しなければ。耐えろよ春日。門番が朽ちて良いのは門前のみだ!


「先生、さっきから意味がわかりません、廊下に立たせる理由を述べて下さい」


 (クソ真面目学級委員長)の長濱さんが声を上げた。さすが正義感の塊。中学2年の年頃の女子が角刈りだなんて、もう校則を守る正義感としか言いようがない。行け、角刈り女委員長!このクラスの倫理は君に掛かっている。


「長濱〜、全ての物事に理由を求めるな。廊下に立っとけ」


「廊下に立つ理由を述べて下さい」


「まぁあれだ、年頃の女の角刈りはもう逆に校則違反だ」


「くっ……わかりました」


 悔しさを滲ませながら廊下へと向かう長濱さんの横顔は角刈りも相まって昭和の刑事ドラマのワンシーンの様だった。長濱さん……太陽に吠えろ。


 その後は、(リコーダーの指使いがキモい)木下、(動けるデブ)の山本、(キャビアアレルギー)横尾、(羅生門丸暗記)の坂口、(実家がパン屋なのにおにぎり顔)の丸岡、の順に廊下へと旅立っていった。次第に理由付けが面倒くさくなっていった先生は、「出席番号5番」「出席番号17番」とランダムな数字を呼んで廊下を指差していった。


 廊下に立たされる人数が過半数を超えた辺りから廊下で賑わう声がチラホラと聞こえてくる様になった。廊下と教室のパワーバランスが逆転したのだ。こうなれば廊下に行きたくなるのが人の性。自分の番号を呼ばれるように「来い、来い」と祈る奴まで現れた。先生もその空気を察したのか「出席番号……23番!!」と名司会者ばりのタメを作り出した。もはやその光景はビンゴ大会そのものだ。


 教室から廊下へと旅立つクラスメイトを見送る事約20分。教室に残されたのは俺と(走り方ティラノサウルス)の相田だけになっていた。その頃廊下からは「きゃー」「くっせー」「こっち来るな」と騒ぎ立てる声が聞こえていた。恐らく春日の時限タイマーがリミットを迎えたのであろう。すまない春日。君の犠牲は無駄にはしない。


 春日の為にも一矢報いる決意をした俺は隣の席の相田に耳打ちをした。


「もう、こうなったら先生の言う通りピーナッツ君の事笑って送り出してやろうぜ」


「おっ、おう」


 若干引き気味な相田の表情は気になるが一か八かだ。いけ、俺!春日の無念を晴らすのだ!


 俺はおもむろに立ち上がると左手を腰に当て、右手のピースサインを頭上に掲げた。行くぞ!


「せーの……さよならピーナッツ!!」


 暫しの静寂の後、俺の事を心配そうに見つめ合う先生と相田。寒くも無いのに震えが止まらなくなった。場が凍りつくとはこういう事なのだろう。頭上に掲げたピースサインを下ろすタイミングがわからない。いっそこのまま時が止まれば良いのに。いや、もう世界が滅んでもいい。俺の頭上にあるピースサイン事こんな世界を焼き払ってくれ。頼むよ神様。
























「……なさい……起きなさい!」


「えっ、お母さん? 先生は?」


「起きなさい! 何寝ぼけてんの!」


「あれ?」


「遅刻するわよクレッシェンド!」


「あっ、ああ」


 なんだ、夢か。


 これは、(見た目と性格は普通のくせに名前が個性的)こと斎藤クレッシェンド15歳のドタバタ青春物語だ。さーて今日も青春青春!!

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