第244話 吸血鬼狩人

 夢街を出て大通りに向かっていたはずなのに、気がつけば不自然に人気のない路地に迷い込んでいた。

 そこで待っていたのは聖なる武器を持つ男だった。

「……私は吸血鬼じゃないんですけどね」

 一応、そう言ってみる。屁理屈に近いけれど本当のことだし。

 だけど、男は面倒くさそうに手にした剣を振っただけだった。ハエでも払うみたいに。

「あー、いい、いい。そういうのはいい。俺は問答を必要としていないんでな」

 あ、ダメだこれ。多分、話が通じないやつ。

 とっさにヨナを抱き上げる。

「マ、マイ様!?」

「掴まって」

「俺がお前を敵と認定した。それだけで十分なんで……なっ!」

 ヨナを抱いたまま後ろに跳ぶ。さっきまで自分がいた場所を、目に痛い閃光が斬り裂いていった。男が一気に踏み込んで斬りつけてきたのだ。

(速いなっ!)

 なにかスキルでも使っているのか、尋常じゃない速さだ。まともに相手しない方がいいな。

「はっ! 吸血鬼が奴隷を抱いて逃げるかよっ!」

 笑いながら連続で斬りつけてくる男。当たらなくても、その聖なる剣が近くを通るだけでもチリチリとして不快だ。

「マイ様、私を置いて逃げてくださいっ」

「無理っ」

 男がヨナを見逃すかどうか不明だ。それに……絶え間なく斬りつけてくるから、ヨナを下ろしている暇がないんだよっ!

 これはもう……三十六計逃げるに如かず!

 【加速】を自分にかけて全力で通りを走り出す。背後の男は【副眼】を後頭部に創って監視する。……って、なんか剣を交差させて構えてる。これはヤバイッ!

 咄嗟にサイドステップ。さっきまで自分がいた場所を閃光が通り過ぎて行った。

 熱っつ! 当たってないのにヒリヒリするっ!

「マイ様、どうしましょうっ」

「とりあえず人の多い場所に出よう」

 大通りにまで出れば、いくらあいつでも無差別に攻撃はできないだろう。

 いやまあ、あの男が「その女は吸血鬼だ」と大声で叫んだらおしまいだけどさ。まあ、その時はどこか遠くに逃げよう、そうしよう。

 そのまま通りを走り抜ける。

「……なんだ、これ?」

 とにかく大通り目指して走っているのに、全然大通りに出ない。それどころか、真っ直ぐ走っているのに、【オートマッピング】の中で自分は同じ路地裏をぐるぐる回っているじゃないか!

 って、この反応はっ!

 急ブレーキをかけると同時に、横道から聖なる閃光が目の前を横切っていった。

 だから熱いって! 止まらなかったら直撃だったよ!

 不自然にこの辺りだけ人がいない。だから【索敵】をONにしたんだけど、人間の反応はあの男だけだ。他に人間がいたら、今のは回避できなかったかも。

「勘がいいじゃねーか」

 横道から男が姿を現す。引き離したと思っていたけれど、一周まわってこの男のいる場所に戻って来ただけだったか。

「吸血鬼が奴隷を抱いて逃げるとは思わなかったぜ」

「ヨナの抱き心地の良さは、あなたにはわからないだろうね」

「マイ様、なに言ってるんですかっ!」

 ヨナが慌てて下りようとするけれど下ろしてあげない。男がヨナを攻撃しないという確証が得られるまではね。

 それはそれとして。

「これは、あなたの仕業です?」

「おう。お察しのとおりだ」

 なにが、とは言わなかったけれど通じた。

 私が逃げられないと確信しているのか、男は斬りかかってくるでもなく、余裕を見せて説明を始めてくれた。

「俺たちが吸血鬼を狩る時に使う特別な結界だ。吸血鬼を閉じ込め、無関係な奴らを自主的に追い出す、な」

 やはりかあ……。対吸血鬼用の結界とか、また厄介なものを。それに男のこの余裕、きっと【霧化】も【影渡り】も封じられていると見て間違いないだろうなあ。

 あと、吸血鬼を狩るって言ったよね。つまり……。

「……吸血鬼狩人ヴァンパイアハンター?」

「今頃察したか。逃げ足は速いが理解は遅いな」

 ムカッ。

 っと、ダメだ、ダメ。冷静になろう。

 そんな私を男は楽しそうに見ている。

「さて、理解したところで死んでもらおうか」

「嫌です。ギリギリまで粘りますよ」

「粘ったところで援軍なんて来ねえよ。この結界にあとから入れるのは俺の同業者で、しかも呼ばれたやつだけだ」

 ……ほう。

 その気はなかったんだろうけど、ヒントをくれたね。これは、やるだけやってみないとねっ。

 ヨナを抱えたまま後方に跳ぶ!

 追撃しようと踏み込んだ男は、だけど舌打ちして足元を剣で払った。

「糸か? 小賢しい!」

 話している間【操髪】でこっそりと数本の髪を男の体に軽く絡めておいた。魔力感知で見つからないようマナを込めていないので、本当に普通の髪の耐久度しかないんだけど、こちらの実力がわからない男からしたら斬るしかないよね。

 男が髪を斬っている間に距離を稼ぎ、シーン・マギーナを取り出して地面に突き立てる。シーン・マギーナを中心にして魔法陣が展開する。

「無駄だ、この結界の中じゃ召喚はできねえっ」

 男の言う通りなんだろう。召喚用魔法陣を展開したのにクロをべない。ただ────。

『ご主人様!?……ザザッ……してたニャ……ザザッ……繋がりが切れ! ……ルも心配……!』

 どうやらクロとは繋がったようで、頭の中にノイズ混じりのクロの慌てた声が響く。

 どうやら結界によって私との繋がりが遮断されてしまったようで、クロは必死に私に呼びかけていたらしい。支離滅裂な言葉がその必死さを表している。ごめんよ、心配かけて。

『クロ、命令するよ』

『ニャッ!』

 命令すればクロは静かになる。さすがは召喚獣、従順だね。

「させねえよっ!」

 髪を斬り終わった男が突進してきた。横に払われた剣をギリギリ避ける。その剣はシーン・マギーナを弾き飛ばし、魔法陣が消失する。ふう、ギリギリだったか?

 そのまま追撃しようとする男はしかし、次の瞬間には横に跳んだ。一瞬遅れてシーン・マギーナがうなりをあげて通り過ぎる。あれだ、勝手に私の手に戻るという機能だ。

「てめえ、厄介な剣を持ってるじゃねーか」

「忠誠心が高すぎて苦労してるけどね」

「しかも強力な呪いがかかってるな。見ただけでビリビリきやがる」

 おお、いつぞやのBランク神官さんは【呪い感知】を使わないと判断できなかったはず。見ただけでわかるなんて……ひょっとしなくてもこの男、Aランク行ってる!?

 いや、まあ、吸血鬼狩人ヴァンパイアハンターなんて相当な実力がないとなれないだろうし……。まいったな。

 男のサイドステップの隙にさらに距離を稼ぎ、飛んできたシーン・マギーナをキャッチ。そのまま収納する。さて、あとどれくらい逃げられるか────。

「……って、あれ!?」

 再び【加速】を使って逃げようと思って気づいた。さっきまで【索敵】で反応がなかったところに人が戻ってきている。多分だけどこの結界……狭くなってきている!?

「いつまでも追いかけっこができると思っていたのか?」

「追いかけっこどころか、あなたと関わりたくなかったですがね」

「お前みたいに逃げ回るだけの吸血鬼は初めてだったが、まあ、それも終わりだ」

「だから吸血鬼じゃないって言ってるのに。……よし、きたっ」

「まだそんな寝言を……なにがきたって?」

「アンシャルさん、きてください」

 アンシャルさんの名を呼んだ瞬間、二人の間に光球が出現、すぐに爆発的にその光は膨らんだ。

 そして光が消えると────。

「マイさん、ご無事ですか!? クロさんが大慌てでマイさんの危機を伝えてくれたのですが!」

 アンシャルさんがそこにいた。

 以前、リトーリアで実践してくれた魔法。魔法で呼びかけた相手が応えてくれたら、その相手の場所に転移できるという魔法。それを使ってもらったのだ。


『結界に入れるのは俺の同業者で、しかも呼ばれたやつだけ』


 って、男が言ったからもしかしてって思ったんだけど、どうやらうまくいったようだ。同業者=神職だろうしね。

 しかし、クロが少しでも人間の言葉を話せるようになっていてよかったあ。

「お前は同業者か? その魔法……どうして吸血鬼の呼びかけに応じてやがる」

 さすがの男も驚きを隠せないでいるようだ。まあ、神官が吸血鬼の援護に来たようなものだしね、当然か。

 そこでようやく男に気づいたアンシャルさんは、少し言葉に迷ったようだった。

「……その祝福を受けし剣は……。なるほど、吸血鬼狩人ヴァンパイアハンターの結界に囚われていたのですね」

 理解が早くて助かります。

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