第225話 春の王都で

 寮対抗戦が終わって、月が変わって。

 王都に春の花々が咲き乱れ、空気がはっきりと春の暖かさに変わった今日、私の学園生活には少しばかりの変化があった。

 まずは、学園内で私の評価が大きく上がったこと。

 これは学園通信のせいだな。寮対抗戦の戦局の推移を記事にしていたんだけど、黒竜寮が一気に崩れた理由として私の活躍がデカデカと書かれてしまったのだ。

 幸い、マール先輩に【影渡り】を見られていなかったので詳細は書かれなかった。

 助かったけれど、そのせいで寮を問わず、記事を読んだ人から質問攻めに会ってまたまた疲れたよ。

 次の変化は、相変わらずセーラさんとセットで噂されるのは変わらないけれど、学年を問わず、赤竜寮の生徒はいくらか普通に接してくれるようになったことかな。やはり寮対抗戦の貢献が大きかったようだ。正直、ホッとした。

 ただ、露骨に敵意をむき出しにする人ができてしまったんだよね。……マリーニュさんだ。

 話を聞けば、黒竜寮の最前線の自陣水晶の防衛を一年生で任されるほど実力を上級生から認められていたのに、私にアッサリと自陣水晶を機能停止させられてしまってプライドがいたく傷ついてしまったようだ。

 どれだけ自陣水晶の守りを固めても、機能停止させられる時はされてしまう。寮対抗戦はそういうものだ。

 なので先輩方は特にマリーニュさんを責めたりはしなかったんだけど、彼女にはそれが許せなかったらしい。

 責められた方が気が楽な時ってあるよね。

 まあ、そんなわけで。同じクラスということもあって、顔を合わせれば射殺いころすぐらいの視線を向けてくるようになってしまった。

 やれやれ。今月の寮対抗戦が恐ろしいな。

 あと、マール先輩は特に変わっていない。今まで通りに飄々とした態度で接してくるし、嘘か本当かわからない情報を吹き込んでくれる。今となっては、反省会の時に見せた笑顔の仮面がなにかの間違いじゃないかって思えてしまう。

 何者なんだろうね、あの人は。今後の寮対抗戦では、彼女をマークしておいた方がいいかもしれないなあ。

 さて、実は変化はまだある。会長さんからスカウトされてしまったのだ。……学生会に。

 一年生の私が……と思ったけれど、学生会は学年に関係なく実力者で構成されていて、誰を所属させるかは学生会のメンバーに一任されているとか。

 学生会って名前的に生徒会のイメージがあったけれど、どうやら風紀委員も兼任しているようで、なにかしらトラブルがあった場合は学生会が出動することになるそうだ。なるほど、実力者。


『とはいえ、先の寮対抗戦だけじゃ判断できないって他のメンバーがね……。なので、今月末の寮対抗戦での活躍を期待しているよ』


 と、無駄なプレッシャーをかけてくれた。

 うーん……今回は大人しくしておこうと考えてたんだけどなあ。……え? 注目されてるのになに言ってるんだって? わかってるよ!

 あ、ちなみに。会長さんといえば義弟カールとのことだけど、どうやらうまくいっていないらしい。なんでも長期休学届を出して行方がわからないとか。

 う~ん、何事もなければいいんだけど。



 この世界は四十日で一ヶ月、ということは前に言ったけれど、十日に一回、休日がある。地球で言う日曜日だね。

 基本、学生は休みなのだけど、魔法学園のニ~三年生の多くは魔闘技場の地下の調査に出かけている。地下でなにが見つかるのか楽しみではある。

 さて桃の月、最初の休日。私はヨナと一緒に街に出ていた。目的は二つ。

 一つは【火竜の爪】との情報交換のため。これは緊急事態でもない限り毎月行うことになっているので。

 ちなみに、学生は休みでも神官はそうもいかなくて。なのでアンシャルさんは同行しない。すごく残念がっていた。

 さて、もう一つは、ヨナとアンシャルさんの誕生日のための料理の材料を買いに。先月は私の誕生日にヨナが腕を振るってくれたので、今月は私が頑張らねばね。

 アンシャルさんからもすごく期待されているので今からプレッシャーだ。

 そんなわけでハンターズ・ギルドにやってきたのだけれど。

「え、不在?」

「はい。【火竜の爪】からマイさんに伝言を預かっています。日没の鐘が鳴ってから、もう一度訪ねてほしい。以上です」

 理由はわからないけれど【火竜の爪】は出かけているらしい。伝言を残したところからして、なにやら急用ができたか、不測の事態が起きたか。

 なんにせよ、時間ができてしまったわけだ。

「マイ様、どうしますか?」

「え、マイ? あ、あのっ、ちょっと失礼」

 ……ん? ヨナの問いに答えるより先に別の声が割り込んできた。くいっと袖を引かれてそっちを見ると、革鎧に身につけた少女がいた。

 くすんだ金髪に小麦色の肌。背は私よりかなり高い。期待に満ちた青い瞳とバッチリ目が合って、ドキリと心臓が跳ねた。

 ……どうして。

 どうして、こんなところにいるんだ?

 驚きで少し頭が回らない。

 彼女と言えば、「似てる……。でも違う」と呟いて、掴んでいた袖を離してくれた。

「すみません、人違いでした」

「……そうですか」

「本当にすみません」

 彼女は何度も頭を下げながら、気まずそうに離れていく。その先のテーブルに、仲間であろう男女の姿を認め、慌てて顔を背けた。

「ヨナ、行こう」

「は、はい……」

 ヨナを連れてギルドを後にする。人ごみにまぎれると、ようやく驚いていた心臓が落ち着いてきた。

 ふう。手近な店の壁にもたれてひと息。予想外の出来事に、我ながら動揺していたみたい。わあ、手汗すごい。

 視線を感じて横を向けば、なにか言いたそうにしているヨナの姿が。

 ああ、うん。なにが言いたいのかわかってるよ。

「……私がいた孤児院のね」

「はい」

「……仲間なんだよ」

「仲が……悪かったのですか?」

「いや、彼女は仲良しだったよ。彼女はね……」



 彼女の名はメモル。私の三つ年上で、孤児院の女の子のリーダー的な子だった。

 孤児時代の自分はトロくて要領が悪く、男子によくイジメられていた。そんな私をメモルはいつもかばってくれたっけ。


『本当によかったね! いっぱい勉強して幸せになるんだよ』


 私が貴族に養子として迎えられると知った時、手放しで喜んでくれたのも彼女だった。

 だけど、涙をこらえながら無理に笑っていたのは知っている。まあ結局、私が泣き出して、二人で泣いてしまったんだけど。

 どうして王都に、と思ったけれど、メモルはもう成人だ。孤児院を出ていても不思議じゃない。

 ハンターズギルドのテーブルには、メモル以外にも見知った顔がいた。多分、孤児院の負担を考えて、全員で孤児院を出てハンターになったんだろう。

 孤児院にいた時より肉付きもよくなって健康的だったな。ハンターの仕事を真面目にこなして、いくらか生活に余裕がでたのかもしれない。それならいいことだ。

 それにしても、よくも王都まで来たものだね。ケイモンあたりで頑張っててもよかったんじゃないかと思うけど。

 ……いや、テーブルにはあいつもいた。どうせ「王都で一旗揚げるぞ!」みたいな感じでみんなを連れてきたんだろう。

 メモルや他のみんなとなら再会を喜びたいところだけど、あいつには会いたくないな。

 まあ、髪も目の色も変わってしまった現状、再会を喜べるはずもないけどね。たとえ再会できたとしても、伯爵のことをどう説明したらいいのか悩ましいしね。

 だから、会わないのが正解なんだろう。せめて、メモルたちが安定した生活ができることを祈っておこう。



「おや、誰かと思ったらマイ君じゃないか」

「え?」

 突然の声に現実に引き戻される。声を方を見ると。

「オーベットさん!?」

「ははは、店の前でボンヤリしている子がいると思っていたけれどマイ君とはね。いつ王都に?」

「え、店の前?」

 ……って、ああ。マデリック商会の看板が。ここってオーベットさんの店だったのかっ!

「どうやら私の店だと知らずにいたようだけど、会えて嬉しいよ。時間があるなら奥で話でもどうだい? 妻も君たちに会えたら喜ぶだろう」

 どのみち、ヨナの誕生日用のご馳走の材料を買わないといけなかったし、時間も潰さないといけない。オーベットさんと話す時間はいくらでもあるか。

「わかりました。ちょうど買いたいものもありましたし、お言葉に甘えます」

「それはよかった。サービスさせてもらうよ」

 こうして、オーベットさんの店で時間を潰すことになった。

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