第206話 王都到着(遠回り)
●???
「ああ、愛しの妹よ。どうか僕の願いを……頼むよ」
「お任せください、お兄様。きっとお兄様の期待に応えてみせますわ。ですから、うまくできたら……愛してくださいませね?」
「もちろんだとも。そして一緒に行こう」
◆ ◆ ◆
「お客さんたち、そろそろ王都リンドバオムが見えてきますよ」
乗り合い馬車の御者の声に、乗客たちは浮足立った。今回同乗している人たちは、アンシャルさん以外は王都が初めての人ばかりだったのだ。
幌馬車である以上、外を見るには御者台か乗降口の後方しかない。御者台の方に殺到し、歓声をあげる人々に巻き込まれないようにして、私たちは旅路を振り返る。
「予定より時間がかかっちゃいましたね」
「んー、漁港に長居してなければ……」
「あんな事件が起きるなんて、誰も想像できませんよ」
『お魚、美味しかったニャー』
この世界では初めて食べる干物以外の海産物。料理の種類も豊富で、あれもこれもと食べ比べていた結果、漁村に数日滞在してしまった。
もちろん、王都までの日数は計算していたので、数日滞在したくらいでは問題なく、年が明ける前には王都に着ける予定だった。
……予定は未定。
漁村を出発してから二日後。海に注ぐ大河にかかる大橋の手前で、私たち、いや、多くの馬車が足止めをくらうはめになった。街道警備隊が橋を封鎖していたのだ。
説明によると、大規模な盗賊団のアジトが発見されて討伐隊が派遣された。ところが予想以上の人数と装備によって討伐は失敗。
その後、領主お抱えの騎士団が派遣されて街道脇に本陣を設置、盗賊団アジトに続く森の中で、盗賊団と騎士団が一進一退の戦いを繰り広げている、とのことだった。
つまり、橋を渡ったらそこは戦場というわけで、橋の規制も致し方無しだったのかもしれない。
討伐がいつ終わるかわからないため、多くの馬車や旅人は引き返して別ルートから王都に向かわざるを得なくなった。まあ、騎士団に食料や備品を売るために残った商人もいたみたいだけれどね。
そういうわけで、私たちの乗る馬車も引き返し、ペンゼル領の内陸ルートを通らなくてはいけなくなってしまった。予定日数を大幅に過ぎることが、この時に確定してしまったわけだ。
まあ、漁村滞在中に魚醤を見つけたのは収穫だったけどね。
「ちゃんと討伐されたんでしょうか」
「どうかなあ……騎士団があれだけ苦戦してたしね」
実は、ハンターがいないことを不審に思い、悪いとは思ったんだけど状況確認のために【影渡り】でコッソリ本陣近くに行って話を盗み聞きさせてもらった。
実は盗賊団なんてとんでもなかった。
騎士団が踏み込む森の奥には鉱山があったのだ。犯罪奴隷を働かせる鉱山が。
奴隷鉱山は国、または王から委託された領主が管理するもので、その性格上、存在は知られていても場所は秘匿されているらしい。そりゃまあ、犯罪者がうじゃうじゃいる所だし、隠すよね。
で、騎士たちの話によると、少し前に鉱山で大規模な反乱が起きた。首輪による強制力のため、本来なら反乱なんて起きないはずなんだけれど、起きてしまったものはしょうがない。
討伐隊が返り討ちにされたのも本当。
場所が場所なだけにハンターに依頼するわけにもいかず、領主が騎士団を派遣するはめになった、と。
では、私が耳にした、苦戦している騎士団の会話をお聞きください。
『いったい、やつらはなんなんだ!? 致命傷を受けても平気で攻めてくる。痛みを感じないのか!?』
『ようやく倒れたと思ったら、ゾンビとなって立ち上がるなんて聞いてないぞ。神官を前に出せと?』
『そもそも神官が足りていない。治療が間に合わなくなるぞ』
『おい、やつらを指揮してるのが
え、
昇格試験の時を思い出す。偶然で片づけるには無理があるよね。結局、あの時見つけた通信用水晶の相手もわかっていないようだし、なにか裏で動いてるやつがいそうで怖いな。
気にはなるけど首を突っ込むわけにもいかず、引き返すしかなかったのだけれどね。
「やっと王都か……」
「新年祭に間に合わなかったな」
王都を眺める人々の言葉には同意せざるを得ない。年が変わる前に王都に入りたかったんだよお。
「入学式に間に合わないなあ」
「まあまあ、推薦状があるのですから、無碍にはされませんよ」
アンシャルさんの言葉に頷く。もともと推薦状持ちは途中入学が可能だということだし、橋の封鎖について説明すればわかってもらえそうではある。
と、ヨナが私の服の袖を引いた。見れば、御者台に殺到していた人々が席に戻っている。なるほど、遠目から王都が見たいのか。私も見たいぞ。
「……わあ」
「デッ!? ……」
御者台の横から顔を出して、二人して言葉を失った。いやだって、デカイのよっ。
サイサリアの王都より多分、広い。王都そのものは高い壁に囲まれていて見えないけれど、王都の北側に二重の壁があり、中央の高台にそびえ立つ、遠目にも荘厳な建物が王城なのはすぐわかった。
「驚きました? 広いですよね、王都」
遅れて顔を出したアンシャルさんが笑う。悪戯が成功した子供みたいだ。
王都の南側は海で、港に繋がっているようだ。木造の、だけど大きな船がいくつも見える。
王都から少し離れた場所に並ぶ柵は、雪が溶けてぬかるんでいるけれど、ひょっとしたら畑だろうか。作業小屋らしき建物も散見される。
「一番外の壁に囲まれているのが一般居住区で、宿屋やお店もここにありますね。王都北側、二つ目の壁に囲まれているのが、貴族の別邸が並ぶ貴族街です。そして三つ目の壁の真ん中が王城ですね」
「……貴族様は上から見下ろしますか」
「トラブルを避けるためだと聞きますけどね」
私の呟きにアンシャルさんが苦笑しながら答えてくれる。なるほど、貴族によっては一般人を見下す輩もいるだろうし、トラブルを避けるために貴族を隔離してあると考えればいいか。
「……街道沿いにも建物がいっぱいありますね」
「ああ、あれは、行けばわかりますよ」
城壁の外にも沢山の建物が見える。農家の作業小屋にしては大きいし数が多い。
疑問を口にすると、アンシャルさんは悪戯っぽく微笑んだ。
「魔法学園はどこでしょうね、マイ様」
「いや、さすがにここからじゃ見えないでしょ」
「いえ、そろそろ見えてきますよ」
「え?」
馬車は丘の上にある。お陰で王都がよく見えたわけだけど、そこから王都に直行できるわけじゃない。真っ直ぐ丘を下りようものなら急斜面を転げ落ちることになるからね。
だから街道は、大きく北に向かって緩やかに下り坂になっていた。だから、徐々に王都を見る角度が変わっていったんだけど……。
(……え、コロシアム?)
王都の東側、城壁にくっつくように、かなり大きな円形の砦のようなものが見えてきた。え、まさか。
「あれが、魔法学園です」
「……マジですか」
すぐには言葉が出てこない。隣でヨナも口を開けたまま驚きで固まっている。
そういえば、セーラ嬢が魔法学園は学園都市と呼ばれるほど広いって言ってたっけ。比喩かと思ってたけど、本当に小さな町くらいありそうだわ。
「中に入ったことはありませんが、中にはお店や食事処があるそうですよ」
町だった。
寮生活だと聞いてるし、学園内だけで生活できそうだなあ。
(王都に着いたら商業ギルドに行って、ヨナを奴隷から解放するお金を用意して、それから奴隷商に行って手続きして……)
少しずつ近づいてくる王都を眺めながら、今後の予定を再確認した。
……まあ。
予定は未定って、少し前に経験したばかりだったのにね。
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