第166話 火の封印、再起動

 ギルドマスターと秘書さんに連れられてハンターズギルドを出る私たちに視線が集中する。ギルドマスターが同行するような仕事に私みたいな子供が関わるのが不思議なんだろうな。

 気持ちはわかる。わかるけど、野次馬根性丸出しで見ないでほしい。視線を感じて背中がムズムズしてしょうがないわ。しかもいくつかの視線は私とアンシャルさんの胸に集中してたしね。やれやれ。

「私は今のうちに教会に顔を出してきます」

「わかりました。じゃあ、待ち合わせ場所を決めておきましましょう」

 アンシャルさんが一時別行動。わかりやすい中央広場で待ち合わせにして別れる。

 冬なうえ火山のせいで陽が早く陰る。暗くなってきた町の各所に街灯代わりの篝火が焚かれ、幻想的な景色の中をギルドマスターに連れられて火山の方へ歩く。いくつか警備の人間が立つ道を進んで、立入禁止の小さな溶岩洞へと入る。

「……途中から急に狭くなりましたね」

「ああ、あいつが掘った穴だからな」

 あいつ────ケイモンで私に因縁をつけてきたおじさんか。まだ記憶が混乱してるんだろうか。それに娘さんは元気だろうか。

 気になってギルドマスターに訊いてみると、ため息をつかれた。ええー?

「お前、お人好しだろう」

「マイ様は優しいんです」

 私が返答するより早くヨナが言う。嬉しいけど、あまりムキになるんじゃないよー。ナデナデ。

『ご主人様ー、クロもニャー』

『はいはい』

 ヨナとクロをナデナデする。ギルドマスターも秘書さんもなんだか呆れ顔だ。失礼な。

「……あいつは記憶の混乱も治ったが、これを機にハンターを引退した。今はどこかの宿で働いてるだろう。娘も体調は落ち着いているらしい、お前は気にするな」

 呆れながらも教えてくれるギルドマスター、いい男。

 でも、そうか。無事に過ごしているならそれでいい。

 しばらく進むと、ぽっかりと開けた場所に出た。天然の岩の柱が林立するその先に祭壇のようなものがあり、大きな水晶球が設置されていた。あれが封印か。

「あれが封印だ。サラマンダーは?」

「少し待ってくださいね」

 ギルドマスターたちから見えないよう、岩柱の陰に【マイホーム】を設置する。そして玉座ごとサラマンダーを入り口に移動させる。

『サラマンダー、君の力を貸して』

『ほう、我の助力が必要か』

『うん、君にしか頼めない』

 持ち上げてやればサラマンダーの機嫌がよくなる。わかりやすいな、こいつ。

 のそりと柱の陰から姿を現したサラマンダーに、ギルドマスターたちが目を剥いた。

「魔法を使った感じがしませんでした……」

「召喚らしきこともせずに、だと?」

 しまった、なにかそれらしい仕草でもしておけばよかったかな。ま、まあ、姿を見せてしまったものはしょうがない。

「この水晶にサラマンダーの力を注げばいいんですよね?」

「あ、ああ、そう文献に残っていた」

 それをサラマンダーに説明すると、なんだか不機嫌になりおった。

『その程度のことに我を呼んだのか』

『できないなら、そう言っていいんだよ?』

『できぬわけなかろう!』

 サラマンダーは槍を水晶に突きつける。するとみるみる水晶が赤く染まっていき、蝋燭もないもないのに祭壇の燭台に火が灯っていく。最後に水晶自体が燃え上がり、どうやら火の封印は再起動したようだった。

『ふん、ざっとこんなものよ』

『おおー、さすがだね』

 ふんぞり返るサラマンダーを褒める。おだてもあるけれど、封印が起動したなら治安も回復するだろうし、いい仕事をしたのは間違いないしね。

『ところで、ここは我がいた火山だな』

『そうだよ、よくわかったね』

『当然だ。……なにやら同胞が騒いでいるようだな』

『あー、君がいなくなったから縄張り争いが勃発してるみたい』

『ふん、我の不在をいいことに縄張りを拡げるか、生意気な。どれ、全員ぶちのめしてやろう』

 やめんか。



 封印が無事に機能しているか、確認のためにギルドに戻ってきた。今はギルドマスターの部屋だ。

 ギルドマスターと秘書さんの表情は、なんとも微妙だった。まあ、縄張り争いしているサラマンダーたちをぶちのめそうとするサラマンダーを、殴って黙らせたのを見てたから、そんな表情になるのも無理はない。

「精霊は使役するものだと聞いていましたけれど、あれは使役じゃなくてしつけですね」

 秘書さんが遠い目をしている。戻ってこーい。

 と、隣の通信室からギルドマスターが出てきた。

「ケイモンに確認した。吸血鬼の城は無事に封印されたらしい」

「それはよかったです」

「……なんとか面目も保てたな」

 なんかボソリと言った。

 ああ、そうか。多分、火の封印だけが起動できてなかったんだな。火の封印はケイノの担当だろうから、封印の起動が遅れて他の支部から突き上げられていたのかもしれない。

「懸案はひとつ片づいたな。受付で報酬受け取りの手続きをしてくれ」

「はい、失礼します」

 ギルドマスターの部屋を辞して受付に戻る。お姉さんが依頼掲示板からサラマンダーの紹介依頼を剥がしていたので、声をかけて報酬の手続きをしてもらう。

「まさか、あなたがサラマンダーを召喚できるなんてね。でも助かったわ、ケイモンから何度も催促されていてね……」

「それはお疲れ様です。って、大銀貨二枚ももらえるんですか!?」

「精霊士の紹介だけならもっと少ないけれどね。サラマンダーを召喚して封印まで起動させてくれたし……調べてみたら薬草の確保に尽力してくれた上に、ボダ村を占拠していた隣国の工作員を一網打尽にしたんでしょ? その分も上乗せしてあるわ」

「ありがとうございます」

 薬草の件といえば、ガラン熱の時のか。工作員の件もリモさんが報告してくれていたみたいだ、ありがたい。

 報酬を受け取ってギルドを後にし、そのまま商業ギルドに足を向けた。持ち歩くに大銀貨は額が大きすぎるし、預金がどれくらいか確認しておきたい。

「いらっしゃいませ、ご用件はなんでしょうか」

「お金の預け入れと、預金残高の照会をお願いします」

 大銀貨を預け、商業ギルドカードで残高を確認してもらう。すると。

「お客様の口座の残金はこちらになります」

「……ほあっ!?」

 残高を見て目が点になった。

 えーと、えーと……金貨が四枚に大銀貨が六枚、銀貨が三枚だと!? ヨナを奴隷から解放するには金貨五枚だったから、もうちょっと頑張ればなんとかなりそうな額なんだけど、一体なにが?

「……あー、お客様、以前当ギルドに馬車の揺れを軽減するための道具の情報を提供していただきましたね。その売り上げの一部と、あとは……王都からデザイン料ですね」

「デザイン料?」

「アザリーさんでしょうか」

 ヨナの言葉に、あの大酒飲みの姿が思い浮かぶ。そうか、アザリーさんからのデザイン料か。

 いや、それにしても、一着いくらで売ってるんだ? 割とお値打ちな割合で契約したんだけど、入金額を見ると相当な数を売ってるよね。そんなに売れたのか、あのデザイン!

 予想外の残高に軽い眩暈を覚えながら待ち合わせ場所に。アンシャルさんはもう来ていた。

 夕食にしたいけれど、先に宿を確保しようということで、宿を探すことに。

「そういえば前回、ここに泊まったよね」

 意識にあったのか、足が向いたのはリモさんの紹介で泊まった宿だった。

「ここ、明らかにお高いですよね」

 アンシャルさんが戸惑っている。明らかに高級宿なんだよなあ、ここ。一等地だし。

 まあ、今回はここはパスだろうか。

 立ち去ろうとした時、宿の入り口から出てきた明らかに従業員らしき男性が声をかけてきた。

「いらっしゃいませ、ご宿泊でしょうか」

「え、あー……。アノーさんっていらっしゃいます?」

 違います、とも言いにくくて、ついリモさんの知り合いらしい人物の名を出してしまった。それを聞いて男性が目をパチパチさせる。

「アノーは私ですが、失礼、どこかでお会いしたでしょうか?」

 え、まさかのアノーさん本人だとは。うーん、名前まで出しておいて説明しないわけにまいかないか。

「えーと、今年の春頃、リモさんと一緒に────」

「ひいっ!?」

 ひい!?

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