第162話 二人がグイグイくる
翌日は日の出前に目が覚めた。
いつもなら朝食もしっかり摂るところなんだけど、今日はサンドイッチで簡単に済ませて急ぎ出発することにした。
さすがに村人も夜通し捜索するつもりはなかったようで、【索敵】に人の反応はなかったけれど、ノンビリしていたらニアミスしかねないもんね。
「案外、眠れるものなんだなあ」
ヨナとアンシャルさんに挟まれ、クロに乗られていたのに、気がつけば朝までグッスリだった。だからだろうか、気分は悪くない。
村人の襲撃は確かにショックだったけれど、眠ったらいくらか気が楽になった。今は脚が震えることもない。だけど、早くあの村から遠ざかろう、そうしよう。
『ご主人様、もう大丈夫ニャ?』
『うん、もう大丈夫だよ。……というか、ヨナたちはどうしたのさ』
『わかんないニャー』
目が覚めてからヨナとアンシャルさんの様子がおかしい。なにか言いたそうにモジモジしているけれど、話を振っても言葉を濁す。そうかと思えばお互いに顔を見合わせて赤面したりしている。
うん、いつかのスピナを思い出すなあ。二人とも挙動不審すぎっ。私が眠っている間になにがあったのだ。
気にはなるけれど、雰囲気的に訊いても答えてくれそうにないので今は忘れよう。遅れを取り戻すために少し急ぎ足で先を行けば慌ててついてくる。
やがて陽が昇ると、朝陽にさらされた朝霜のように、微妙な空気は消えていった。
「これは『花』です。『花』」
「は……はにゃー?」
「惜しいです、は・な」
先を急ぐとはいっても適度な休憩は入れる。昼食のための休憩中、アンシャルさんはクロに言葉を教えようと必死になっている。よほど猫ジェスチャーが通じなかったのが悔しかったらしい。
うん、今さらだけど、クロって私としか会話できないんだよね。ただ、人間形態だと声帯も人間に近くなるのか、声はだせるみたいだ。私以外とも会話できるようになるのはいいことじゃないかな。
ヨナと昼食の準備をしながら、その様子をホッコリしながら眺めていた。
昼食の時間は長めにとって、今後のことなんかも話しながら食事をする。
「私の仕事はマイさんに同行することなので、今後の予定はマイさんの自由になさってください」
「それは助かるけど、ハンターとして依頼に出るかもですよ?」
「一応、これでもランクDなのですが」
「え、高っ」
「治癒の使える神官は危険な依頼に同行を求められることがありますから。なので、一時期頑張って上げたのです。ブクハの教会に赴任してからは、ハンターとしての活動は休止していましたけれど」
なるほど、確かに回復役が未熟だから同行できません、とかじゃ話にならないよなあ。そういえばシーン・マギーナの呪いを解こうとしてくれた人はBランクだったか。彼はずっと外回りだったのかもしれない。
とりあえずリトーリアに渡ったらハンターとしての活動を再開して、お金を稼がないとなあ。
「マイ様、魔法学園はどうされるのですか?」
「あー、あれね。まあ、学費がどうにかできそうなら通うのもアリかなあ、と思ってる」
ハンター活動をしながら学べるかどうかはわからないけれど、魔法を強化できるなら通うのもいいと思ってはいる。
でも、そうなると、アンシャルさんはどうなるんだろう。まさか魔法学園に通わせるわけにもいかないだろうし。
「魔法学園というと、王都のですね。心配いりませんよ、王都の教会でいくらでも仕事はありますから」
心配して訊いてみるとそんな返事が。それなら心配いらないかな。
ざっくりと今後のことを話し合い、昼食を終えた。そして片づけてすぐに出発した。
そしてその日の夕暮時、例の子爵様の別荘に到着した。相変わらず荒れ放題で気味が悪いけれど、今はアンデッドがうろついているわけでもなく静かなものだ。まあ、骨は転がってるんだけどね。
【索敵】に反応がないので、他の人は先に進んでいるみたいだ。見渡すと庭の片隅、リーナさんを埋葬した場所にしおれた花が供えてあるのが見えた。キースがやったのかな?
それに気づいたアンシャルさんに事情を説明すると、彼女は鎮魂の祈りを捧げてくれた。話したこともないけれど知らぬ女性じゃなかったので、私とヨナも森で花をとってきて供えた。恋人のために死を選んだ彼女の魂が、どうか救われますように。
「今夜はここに泊まるんですか?」
「いや……勝手に入っていいんだろうか?」
他のハンターもいればそれも選択肢だったろうけど、私たちだけなら別荘に入る必要はないよね。それに、宰相が支配していた時と事情が違う。統治者不在の領地はどうなるんだろう。
「その場合、統治者不在の領地は新しい領主が派遣されるまで国の管轄地になります」
「じゃあ、勝手に入るのは」
「見つかったら面倒ですね」
アンシャルさんが説明してくれた。うん、やはり少し離れた場所に【マイホーム】を設置しよう。
以前ここで倒したアンデッドが綺麗に骨だけになっているのは腐肉喰らいという魔物がいるからではないか、とはアンシャルさんの意見。なので少し離れた大樹の上の方に【マイホーム】を設置した。当たり前だけどヨナとアンシャルさんを先に入れてから設置し直したんだけどね。
「それじゃあ、夕食の準備をしますね」
「あ、手伝います」
ヨナとアンシャルさんが夕食を準備してくれるというので任せ、自分は材料を取りに倉庫に向かう。【マイホーム】内にある物は念じるだけで自由に移動させられるんだけど、そろそろ肉の在庫がどれくらいか確認しておかないと。
食材用の倉庫に入る。棚に並ぶ食材は、と。
「だいぶ減ったなあ」
『お肉少ないニャー』
天井から吊るされている肉は鹿二頭分と猪一頭分、鳥の肉が五羽分くらいか。反乱軍に、困ってる村にと放出しすぎたなあ。野菜や山菜の類も減っているし、狩りをしながら帰らないとマズイかもしれない。
「本当に中庭で鶏でも飼おうかな」
卵が手に入るだけでも違うしね。町に着いたら市場ででも探してみるかな。
とりあえず必要な分の肉を切り分けて台所に向かった。今夜は鍋らしい。ヨナが具を切って煮込み、アンシャルさんは小麦粉を練ってパンを焼く準備をしている。私はといえば、座っているよう言われたので、夕食ができるまで中庭に行ってみることにした。
異変はすぐにわかった。精霊樹の周囲を、まるでホタルのように小さな光が乱舞していたから。
「これは……」
『精霊の種、とでも呼ぼうか』
呟きに答えてくれたのはドリアード。他のみんなのぞろぞろと集まってくきた。あ、サラマンダーだけは玉座でふんぞり返ってるけど。
『精霊の種?』
『下級精霊のさらに下……人間で言えば赤ん坊ですね。自然では周囲に拡散していって、それぞれの精霊に姿を変えるのですが、ここだと外に出してあげる必要がありますね』
へえ、これがシュテイレの言っていた精霊の子供か。見た目はまんま光の球だけど、ウンディーネが説明しながら差し出した手と戯れる様は確かに子供みたいだ。
とりあえず、自然破壊が進んでいる場所を見つけたら外に出すことにしよう。
そんなことを考えながら精霊たちと雑談していたらいい時間になったらしく、ヨナが呼びに来たので夕食になった。
夕食はパンと具だくさんの鍋、そして香草入りのサラダ。しかしこの鍋の匂いは────。
「マイ様が仕込んでいたものを使ってみました」
「味噌鍋かぁ、これは懐かしい」
よそってもらった味噌鍋をいただく。出汁が入っていないので少々味が尖っているけれど、久しぶりの味噌鍋は思い出補正もあってとても美味しい。
鍋を堪能していると、皿に乗せられたパンがずいっと目の前に差し出された。
「マイさん、私が焼きました。ぜひ食べてみてください」
「ア、ハイ」
なんだろう、ずいぶんとグイグイくるな、今日のアンシャルさんは。
……お? 手に取ったパンは予想以上にふんわりしている。この世界はまだイースト菌が一般に普及していないのでパンは硬いものなんだけど。割ってみると生地がいくつもの層に分かれている。これは……。
「こう見えてもパン作りには自信があるのです。教会に勤めていた時も私のパンは人気があったのですよ」
控えめにドヤるアンシャルさん。こんな表情もするんだね、意外だわ。
だけど、うん、自慢したくなるのもわかるな。クロワッサンみたいに何度も生地を伸ばして折り畳んだんだろうけど、それだけでふっくらさせるのはこの世界じゃ難しい。なにをしたんだろう?
「それは秘密です」
デスヨネー。
ヨナと一緒に作っていたんだし、あまり大がかりな工夫はできないと思う。ちょっとしたひと手間が、このふっくらを生み出したんだろうな。すごいな。
「マイ様、サラダのマヨネーズを少し工夫してみたんです、食べてください!」
「あ、パンはそれぞれ味を変えてあるので食べ比べてください。ええ、ぜひっ」
ちょ、え、おおっ? どうして二人して張り合うようにグイグイくるのだ!? まだ立ち直っていないと思って慰めてくれているのかもしれないけど様子がおかしい。落ち着け、ステイ!
『ご主人様、大変ニャー』
『助けてよ』
クロひとりだけが、ゆっくりと夕食を堪能していた。
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