第144話 第二の間 黒天騎士団団長セイリア

 無言で私たちは通路を進む。よほど壁が分厚いのか、背後から戦いの音が聞こえてこないのが救いだったかもしれない。

(……漫画なんかでは、よく見た光景だけどさ)

 死を覚悟しながら、仲間の盾になる者。

 仲間を先に行かせるため、笑いながら死地に踏みとどまる者。

 熱い演出だと無邪気に読んでいたけれど、実際に経験するとなると話は別すぎた。現実は生々しく、彼らの覚悟と想いが重すぎる。

 負けられない。絶対に宰相を討たないといけない。だけど漫画と違って勝利が約束されているわけじゃない。もちろん負けるつもりなんてないけれど、一抹の不安が拭えない。

 ああ、もうっ。早く次の敵が出てきてくれないかな。余計なこと考えなくてすむのに。……なんて不謹慎なことを考えてしまった時、次の広間への扉が見えてきた。打ち合わせたわけでもないのに全員の視線が私に向く。

「……アンデッドが一体、ですかね」

 【索敵】の反応は一体だけ。本当に一体だけなのか、追加で召喚されるのかはわからない。私たちは注意しながら扉を開けた。

 先程と大差ない広間。壁際にはやはり松明が設置されていて、ゆらめく光源が広間を照らしている。

 壁には吸血鬼と人類の戦いが描いた壮大な壁画があるんだけど、それをノンビリ眺めている時間はなかった。広間の中央で跪いていた漆黒の鎧が立ち上がったのだ。

「……なんだ、あれ」

 思わず声が出てしまった。だってしょうがないじゃん、明らかに異形だったんだもの。

 二対の翼がついた特徴的な兜をかぶった黒の騎士。その上半身は異常に膨張していた。

 えーと、わかる人にはわかる言い方をすると、上半身のデザインは乙女座の黄金のあの人に似ている。ただ、前後のボリュームも相当なもので、大きく張り出した肩装甲も相まってとんでもない逆三角形のボディをしている。下半身は普通なのに、上半身のせいで異常に貧弱に見える。

 その黒の騎士は両腰に下げた剣を抜いた。二刀流か。……いや、腰にはまだ四本の剣があるんだけど、どういうことよ。

「……黒天騎士団」

 む、あれが残る黒の騎士団の団長の一人なのか。そうなると、奥の広間にもう一つの……確か黒影騎士団だったか、その団長が待ってるパターンか?

 それにしても────。

「一人で私たちを止めるつもりなんでしょうか」

 ヨナの呟きに同意する。他に部下がいるでもなく、背後には次の広間に続く通路が丸見えだ。扉も開け放たれていて、どうぞお通りくださいと言わんばかりだ。まあ、罠がないとも限らないけれど。

「フリーデ様たちは先に行ってください」

彼女・・は私たちが相手をします」

 と、ロッテ姉妹が一歩進み出て武器を構えた。

 ……なんだろう、表情は見えないけれど、彼女たちが身に纏う空気がピリピリしているような。

 だけど、二人が相手をするより、全員でかかった方が早く倒せたりしないだろうか。そう思ったんだけど。

「わかりました、行きましょう」

 ライラックさんが敵を迂回するように進みだした。って、そんな無防備にっ。

 驚いて遅れた騎士たちと一緒にライラックさんを追いかける。敵は……え、どういうこと、こっちを気にしている気配はあるけれど、ロッテ姉妹を見据えて微動だにしてないんですけど?

 とはいえ、また召喚陣の罠がないとも限らない。警戒しつつ歩き続けて、気がつけばアッサリと次の広間への通路に到達してしまった。振り返ると、異形の背中の向こうに厳しい顔をしたロッテ姉妹の姿が。おー、リリロッテさんってあんなシリアスな顔もするんだな。

「……なにか失礼なことを思われている気がする」

 心を読むなっ!

「任せましたよ。かならず追いかけてきなさい」

「お任せください!」

「フリーデ様の命ならば這ってでもっ!」

 ライラックさんの言葉に応える二人。だけど軽口を叩いているようなリリロッテさんに、ワンコの幻は見えない。それだけの相手ということなのかな。

 名残を振り切るようにライラックさんが先に進む。騎士たちと一緒にそれを追いながら、

「大丈夫でしょうか」

「大丈夫よ。三人にしてあげましょう」

「え?」

「……羽飾りの兜は聖騎士の印なの」

 前を向いたまま、ライラックさんは静かに呟いた。


         ◆


 ライラックと仲間たちが通路の奥に消えるまで、広間の中は張り詰めた空気のまま沈黙が支配していた。パチパチと篝火の爆ぜる音だけが沈黙を揺らめかせている。

 先に沈黙を破ったのはロッテ姉妹。二人は武器を構え、戦闘状態のまま一歩を踏み出した。

「お久しぶりですね、セイリア団長」

「随分と着ぶくれしてますけど、すぐにわかりましたよ」

 いくら体型が変わったとはいえ、聖騎士の証である羽飾りの兜、そして見覚えのある二刀流の構え。二人が正体を知るには十分すぎた。

 二人の瞳には複雑な色が揺らめいている。

 尊敬していたセイリアとの再会の喜び。

 そのセイリアが死んでいたという悲しみ。

 死してなお、彼女を駒として使う宰相への怒り。

 だが、彼女たちの瞳は決意によって塗り替えられる。この場を任せ、先に進んだ主でもあるフリーデ王女に期待に応える。その決意に。

 二人の決意の視線を受け止めたセイリアは、切っ先を二人に向け、手招きするように剣を動かす。


『かかってこい』


 言葉はなくとも通じる。その仕草は生前のそれとまったく変わらなかった。

 それを見た二人は、不謹慎だが口許をほころばせた。

「模擬戦を思い出すわね」

「団長から一本取ったのは、私もフィルも五回だったよね」

「なに言ってるの、私が五回、リリが四回よ。捏造しないで」

「そんなことありません~、一緒です~」

「じゃあ、ここで一本取ってグウの音も出ないようにしてあげるわ」

「言ったわね、後悔させたげる」

 強敵を前にして軽口の応酬。しかし、それもいつものこと。軽口を交わす度に二人の呼吸は徐々に合ってくる。二人ならではのルーティーンだ。

 ……もちろん、相手が待ってくれているからできるのだが。

 ガチャリ、と音がした。セイリアが身じろぎしたようだ。分厚い上半身の鎧でよくわからないが、どうやら肩をすくめたようだった。


『二人とも、漫才するなら後にしなさい』


 そんな言葉が聞こえたような気がした。

 それは、二対一の模擬戦で毎回のように繰り返されたやり取り。

「しょうがない、行きますか」

「神よ、悪しき者を討つ輝きを我が武器に宿らせ給えっ!」

 懐かしさに震えながら、二人は同時に駆け出す。途中で武器に聖光を宿し、武器が届く間合いギリギリで左右に散開し、セイリアを挟撃しようと動く。

 初手を放ったのはフィルロッテ。リーチを活かして鋭い突きを繰り出す。セイリアは剣でそれを受け止め、それどころか柄に沿って刃を滑らせてフィルロッテの手を狙う。当然、それを読んでいたフィルロッテは槍を回転させるようにして剣を弾く。

 それに割り込むようにして、リリロッテの斬撃が反対側から迫る。だがセイリアは当たり前のように剣を振るって一撃をいなし、反対に突きを繰り出す。リリロッテは鍔部分で突きを受け流す。

 突く、斬る、打突。

 受ける、弾く、いなす。

 二回、三回、四回……ゆらめく灯りの中で激しい攻防が展開される。挟撃されながらも、セイリアはその驚異的な技量でもって二人の攻撃を捌き、反撃していた。

 鋼と鋼がぶつかり合う音だけがしばし広間を支配していた。しかし、不意にそこに異音が混じった。大きく張り出したセイリアの肩装甲に、彼女自身の腕がぶつかったのだ。ロッテ姉妹が攻撃を繰り出しながら、セイリアの腕の可動範囲を探っていたのだと彼女が知った時はもう遅かった。

「そこっ!」

「団長、遅いですっ!」

 わずかに両腕の動きが阻害された瞬間、必殺の一撃がセイリアの胸部に吸い込まれた。胸部装甲が砕ける異音が響く。そのまま肉体まで届いた刃が、聖光で内側からセイリアを焼く……そのはずだった。

 ロッテ姉妹は反射的に後退する。繰り出された斬撃が二人のいた場所の空気を切り裂く。

「……効いてない?」

「いえ、というか……まだ装甲があるような」

 二人の一撃はセイリア本体に届くはずだった。しかし、さらに内側に装甲が施されているような手ごたえが彼女たちを戸惑わせる。そして答え合わせはセイリア自身がしてくれた。

 セイリアの肥大化した上半身が弾けた。砕かれた鎧と邪魔でしかなさそうな肩の装甲が重そうな音とともに床へと落ちる。文字通り装甲を脱いだセイリアの姿に二人は絶句した。

 胸の前で腕組みするように畳まれていた一対の腕。その腕がゆっくりと────同時に背中からも一対の腕が────展開し、腰に吊るされた四本の剣を抜いた。六つの刃が、炎の照り返して妖しく輝いた。

 複腕の異形の騎士。それが黒天騎士団の姿だった。

「……団長、本当に人間やめちゃったんですね」

 本人が望んだわけではないだろう。だが、かつての上官が異形と成り果てたことは二人の心を激しく揺さぶった。呟きには悲しみの響きが色濃く滲んでいる。

 だが、それも数秒。二人は迷いを振り払うように頭を振り、かつての上官を見据えた。

「人でなくなったというのなら、聖騎士として討たせていただきますっ」

「せめて……せめて私たちが団長を終らせてさしあげますっ」

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