第143話 第一の間 水牢
長い長い階段を下りる。途中で【オートマッピング】が切り替わったので、どうやら地下に潜ったらしい。ええ~、謁見の間は三階にあったよね。そこから地下まで階段とか、そりゃあ長いわけだわ。しかも城の外壁の内側に沿って階段が設置されているようで、変に曲がったり、時折上がったりとなかなか忙しい。【オートマッピング】がなければ方角がわからなくなってるね、これ。
どこまでも続きそうだった階段も、ようやく終わりが見えてきた。前方に大きな扉が現れたのだ。【オートマッピング】によると、扉の向こうは最初の広間のようなんだけど……。
「扉の向こうにアンデッドの気配があります」
「何体?」
「いっぱい」
全員が渋面になる。だけどしょうがないじゃないですか、本当にいっぱいなんだもん。そして、待ち伏せされているとわかっても進まねばならないのだ。嫌だねえ。
「扉を開けている間に攻撃される可能性があります、盾を」
「扉を開けてくれさえすれば、私とフィルとで主導権を取りますよっ」
ロッテ姉妹に従って盾持ちの騎士が配置につく。そして全員で扉を一気に押すと、重い音とともに徐々に扉が開いていく。同時に、重い音に金属音が混じって盾が悲鳴をあげる。矢を射かけてきてるのか、フィルロッテさんの言う通りになったな。
矢に耐え、ある程度扉が開くと中の様子が見えてきた。それほど大きくない円形のホール、壁際に火の点いた松明が設置されていてそれなりに視界は確保できている。そしてホールいっぱいにひしめく黒塗りの鎧、鎧、鎧。全部黒の騎士団かいっ。まあ、やつらにしたら最終防衛線なんだから強いやつを集めるのはわからなくもないんだけど、そんなに気張らなくてもよかったのにねっ。
それと一つ気になるのが、照明が不要なアンデッドがわざわざ松明を設置してるってことかな。照明を用意せず、ここにマナ・ジャマーを配置しておけば、私たちは不確かな松明の炎だけを頼りに戦うことになって大苦戦しただろうに、どういうことだ? 私たちに塩を送ったつもりか?
開いた扉から反乱軍が広間に突入する。敵も弓を捨て、剣に持ち変えて前進を開始した。
ドドドド……。
ゴゴゴゴ……。
「なんの音だ?」
「み、水が!」
「通路が閉じる!?」
広間の壁が開いて滝のように水が流れ込んできた。しかもそれだけじゃない、入ってきた扉が閉まり、次の広間に続く通路の天井が徐々に下りてきてるじゃん!
もともとここにあったトラップなのか、宰相が仕掛けたものか……、いや、それは後だ。なんとかしないと溺死コースまっしぐらだ!
「リリ、フィル!」
「「はいっ!」」
ライラックさんの呼びかけに応じて二人が広間に駆け込む。そして仲間に守られながら呪文の詠唱を開始した。
「「神よ、邪悪なる者を滅する聖なる光を我に授けたまえ────」」
え、ちょ、それトラウマーッ!
咄嗟にヨナの背中に隠れると同時に、あのトラウマ閃光が炸裂した。って、あれ、あまり痛くない。いや、微かにヨナが防げない光が届いてチリチリと焼けるような痛みはあるけれど、そもそも後方にそれほど聖なる光が届いていない?
……どうやら懐中電灯のように前方に聖なる光を集中させているようだ。もちろん光なので光源である二人の掌を中心に全方向に広がっているけれど、ダメージはさほどでもない。助かったあ。
聖光の魔法が収まると、焼かれてもだえ苦しむ黒の騎士団の姿が。鎧がいくらか魔法を防いではいるようだけど、最前列の敵は煙を上げながら崩れ落ちていく。うわあ、聖なる光二発分だもんなあ、後ろにもまともに光が届いていたら最悪死んでたかも。
「走れーっ!」
掛け声は誰だったか。黒の騎士団が態勢を立て直す前に走り出す。自分も髪を伸ばして全員に【加速】をかける。これで少しでも距離を稼げれば……って、そううまくはいかないか。敵の数は多くて壁は厚い。すぐに乱戦になってしまった。水音に負けないほどの金属音が広間を満たす。たまに炸裂する聖光はこっちに向けないでくださいよっ!
というか、なんなんだここの黒の騎士団は。腕が四本のやつとかいるぞ? あと、聖光で焼かれて崩れ落ちたはずなのに、何事も無かったように立ちあがってくるやつもいるじゃん! 開いた穴がそいつらで簡単に塞がれてしまうっ。
「てえいっ、氷!」
水が流し込まれたのは幸いだった。【クリエイトイメージ】で氷塊を創り、前方の敵集団に落とす。……あ、しまった!
轟音とともに敵が押し潰され、氷が砕ける。同時に……小規模ながらも津波が発生してしまった。水深は足首までくらいだけれど、それでも波がくれば足をとられるには十分だ。敵味方関係なく転倒する者が続出した。
「小娘、先にやることを言えっ!」
「うわっぷ、ご、ごめんなさいっ!」
「ですが穴が開きました、突破しましょうっ!」
確かに前方の敵がゴッソリと減って包囲に穴が開いた。その向こうでは相変わらず天井が降下していて、すでに通路が半分ほど閉じかけている。時間が無い。
一斉に走り出す。だけど当然、敵が妨害に出てくる。何事も無く起き上がり、横から斬りかかってきた敵の一撃を騎士の一人が受け止める。その隙をついてシーン・マギーナを相手の脇腹に突き入れ、蹴り飛ばす。
……う~ん、手がビリビリする。シーン・マギーナがなにかに共鳴して手の中で暴れそうになっているのだ。碑文の間になにがあるっていうのだろう。まあ、考えるのはここを切り抜けてからにしよう。
「フリーデ様、お先に!」
「くっ……」
騎士たちが必死にライラックさんの進路を確保しようと奮戦している。道を作られるたびにライラックさんが苦悩の表情を浮かべるのがわかる。本当ならば自分も戦いたいんだろうな、だけど立場がそれを許さない。悔しそうに走るしかない。
そんなライラックさんの行く手に新手が。間に入って攻撃を受け止め……ようと思ったら、横合いから私を突き飛ばすようにして騎士が割り込んできた。そのまま敵の攻撃を受け止める。
「小娘、先に行け!」
「え!? ……はいっ」
その騎士の鎧は赤く染まっている。返り血じゃない、彼自身のだ。ここを突破できても長くは保たないほどの出血、彼はここで死ぬ気なんだ。ならば……彼の分だけでも私は先に進まないといけない。
「ご武運をっ!」
「はっ、お前もなっ!」
ヨナを連れて駆け出す。すでにライラックさんやロッテ姉妹は通路に到達している。足場は悪いけど敵もまばらだし、通路が閉じる前には問題なくたどり着けるだろう。
「マイ様?」
「なんでもない」
汗をぬぐうふりをして目元を擦る。
隠し通路で、私たちを通すために壁になった人たち。死を悟り、笑いながら道を作ってくれた人たち。誰かのために命を懸けた彼らの想いが、重い。サイサリアの人間じゃない私には重すぎるよっ。
くそうっ、急に涙が出そうになる。ふんばれ、私の涙腺! 決壊するのは全てが終わった時だよっ!
「フリーデ様、ベトレイヤをぶん殴ってくださいよ!」
「ロッテ姉妹、姫様を頼む!」
死を覚悟しながら、それでも笑いながら贈られる言葉を背にして、私とヨナは通路に滑り込んだ。重々しく閉じた通路が、戦いの音も彼らの叫びも等しく遮断し、沈黙をもたらす。
「……行けますか」
「行けます」
抑揚のないライラックさんの問いに即答。進まなければ彼らに顔向けできない。それはライラックさんも同じだろうし。
通路に到達できたのはライラックさん、ロッテ姉妹、私とヨナ、そして騎士が二人。戦力は激減だ。それでも私たちは、無言で奥へと進み始めた。
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