第10話 乙女の危機を颯爽と救ってみた……んだけど

 こっそり助けようと思ったけれど、そうも言ってられない。同じ女性に私が受けた苦しみを与えたくはないのだ。いや、中身は男だけどさっ。

 とおりゃあっ! ダイナミックエントリー!


 ドバアァンッ!


 扉を蹴り開けて、マイ選手入場です。ビシッ!

 ……まあ、拍手はないよね。中にいた人間は全員、呆然としている。なにが起きたか理解が追いついていないんだろう。その間に素早く室内を見回す。室内は薄暗いけれど暗視があるから問題ない。

 壁際の床に濡れた服の女性が一人、縛られて無造作に転がされている。気を失っているのか、ピクリとも動かない。白を基調とした服装は、どうやら神官みたいだ。

 そして小屋の中央に三人。二人は憎き山賊ども。上半身裸で、幸いにもズボンは脱いでいない。良かった! なにが悲しくて男のアレを見なきゃならないのか。いや、まあ、転生前の自分にもあったけどさあ、山賊たちのせいで見るのも嫌になったよ。

 その山賊に服を引き裂かれているのは、少女といってもいい神官。暗視があるので、むき出しにされた大きな胸までバッチリ見えてしまった。うん、柔らげふんげふん。

 お、山賊がいち早く反応した。腰のベルトに挟んであるナイフに手を伸ばしている。腐ってもハンターってことか。だけど、人質をとる時間なんかあげないよっ。

「な、なんだっ!? 身体がっ!」

「くそっ、動かねえっ!」

 【操髪】で腕をガッチリ固定。ふふふ、闇の中、伸びてくる黒髪など知覚できまい。

 そのまま一気に間合いを詰めると二人の首根っこを掴み、

「ていっ!」

「「うわああああっ!」」

 入り口から外へ放り出す。悲鳴をあげて転がっていく二人をそのままに、目の前の神官に声をかける。

「大丈夫でしたか?」

「え、あの……はい」

「じゃあ、あの人の縄を解いてあげて。私はあいつらを始末してくるので」

「えと……はい」

 慌てて破られた胸元を隠し、こちらを見上げて頬を染める美少女。可愛いじゃないですか。状況の変化についていけないらしく、困ったように首を傾げる仕草がまた愛らしい。うん、美少女の純潔を守れてよかった。

 ギリギリだったけれど、彼女はオッケー。あとは山賊を始末するだけ。さあて、どうやって苦しめてやろうかなあ……。

「神よ、哀れな仔羊に闇夜を照らす聖なるともしびを与えたまえ……」

 背後から聞こえてきた詠唱。ああ、真っ暗だから照明が必要だよね……って、待って。今、聖なるなんとかって言ったよねっ?

 思わず振り返ると、ポワッと淡い光球が彼女の掌から浮かび上がった。途端、全身に焼けるような痛みがひろがった。プスプスと煙まで出て────。

「キャアアアアアッ!」

「ええっ!?」

 そうだよ、私は吸血姫なんだよ! 聖なる云々が弱点で当然じゃないかっ。というか可愛い声でた。え、なに、自分、女の子してるっ。ビックリだよっ。

 戸惑う神官から逃げるようにして、慌てて外に飛び出て壁際に避難する。見れば全身が真っ赤に焼けている。うわっ、攻撃用じゃない魔法でもマナが一割くらい減ってる。

 待って、私【全抵抗力上昇】持ってたよね。太陽光に耐えられるだけの抵抗力があるのにこれなの? これで攻撃魔法でも喰らったら……聖属性こわああっ!

 と、戦慄を覚えていると山賊が逃げようとしてる。なぜに動ける? ……あ、拘束していた髪が聖なる光で焼けちゃったのか。

「なに、逃げようとしてんの……よっ」

「「ぐわああっ!」」

 軽く一歩ですぐに追いつく。そのまま背中にキーック! それほど力を入れていなかったのに、重なり、ボールのように転がる二人。素早くその前に回り込んで仁王立ち。転がってきた二人を踏んづけて止めると、雲が切れて月明かりが私を照らした。わかってるね、雲よ。実にいいタイミング。

「お、お前はっ!? 確か死んだはずじゃっ!」

「生きてたのかっ!」

「残念だったね。あなたたちから受けた痛みを返すために帰ってきたよ」

「目……。目の色が変わって……」

「ま、まさかお前っ!」

 死んだと思った私が復讐のためだけに追ってきた。しかも、そのパワーを身体に刻み込まれたばかり。山賊二人は目に見えて震えあがった。私を蹂躙していた時の威勢の良さは影もない。だけど、ちょっと弱気が過ぎないですか?

「た、助けてくれ。俺たちは依頼に従っただけなんだっ」

「私を暴行するのは依頼になかったはずですよね。マンヴィルが怒ってました」

「そ、それは……」

「それに、私が何度もやめて、助けてと言っても、あなたたちは聞く耳をもたなかった。だから、私も聞きません」

 足をどけ、さて、どう料理してやろうかと指を鳴らすと、山賊は泣きながら後ずさる。どうやら腰が抜けてるらしい。そして逃げられないとわかると唐突に土下座した。

「い、いやだっ、グールになんかなりたくねえっ! 助けてくれえっ!」

 ……なにゆえグール? なにか壮絶に勘違いされてるような……。

 それにしても、これだけ情けなく命乞いされると、なんだか虚しくなってくるなあ。

 出鼻を挫かれていると、小屋の方から声がした。

「待ってください」

 破れた胸元を隠しながら歩み寄ってきたのは、助けた神官さんだった。神官さんは礼儀正しく一礼してから名乗った。

「私は愛と生命の女神アマスの神官で、アンシャルと申します」

 う、アマスの神官かあ。普通ならば敬意を払うべき相手だけれど状況が悪い。愛と生命の女神というだけあって、生命を冒涜するアンデッドには容赦がないのだ。アンシャルさんからは敵意のようなものは感じられないけれど、いつでも逃げられるよう、準備はしておこう。

「聞くつもりはなかったのですが、あなた方の会話を聞かせていただきました。あなたは、その二人に復讐するために来られた。それで合っていますか?」

「そうだよ」

「あなたがその二人に……どのようなことをされたのかは、先ほどの会話からおおよそ想像がつきます。ですが、その二人は法で裁かれるべきだと思います」

 想像してか、頬を染めるアンシャルさん。だけど発言はかなり、え……なにを突然、って感じだ。ひょっとして、復讐は何も生まない、の人なの?

 って、うわっ、山賊たちは縋るような目でアンシャルさんを拝んでる。少しでも生き延びられる道を選ぼうっていうのか。さっきまで自分たちが彼女になにをしようとしていたのか、都合よく完全に忘れてるな、これ。

「復讐は何も生まない、と言うつもりですか?」

「そうではありません。ただ……、ここであなたが彼らに手を下すようなことがあれば、私はアマスの神官として、あなたを討たなければなりません。人に害を為す存在として」

 善人も悪人も関係なしに守ります、か。

 う~ん……。正直、あなたに私を止める権利があるのかと言いたいところなんだけれど……。なんだろう、アンシャルさんはアマスの神官として、信仰に忠実であろうとしているようには見えない。私を見る目に迷いというか、よくわからないゆらぎがある。一体、なにを考えているのか。

「こいつら、あなたにも害を為そうとしてたけど?」

「ええ、そうですね。なればこそ、法で裁かれるべきです。ですが、あなたは……あなたが害を為すならば、法ではなく神の力で裁かなくてはなりません」

「ええ~? 私に法は適用されないの?」

「はい、人の法は。あなたは……吸血鬼ですよね?」

「違います」

「……え?」

 即答するとアンシャルさんは目を丸くした。だって吸血鬼じゃないもん、吸血姫だもん。嘘は言ってない。

 あまりに堂々と否定したからか、アンシャルさんは戸惑いを隠せず、山賊どもは顔を見合わせてポカーンとしている。

 先に立ち直ったのはアンシャルさんだった。

「ですが、その……暴力的なまでに魔力を放っている、魔力の塊のような身体は……明らかに人のそれではありません」

「えっ、そんなに?」

「ええ、見る人が見れば、わかります」

 わかっちゃうんだ。魔力の放出を抑えるようにしないと、姿を見られただけで攻撃される可能性があるわけか。それはマズイ。なんとかしないとなあ。

 まあ、それは先の課題として、今はこの二人の処分を法に任せるかどうかってことなんだけれど……。

 さて、どうしよう。できればこの手で受けた痛みを何倍にもして返してやりたいところだけれど、積極的に人殺しをしたいかと問われればそうでもない。暗闇の中で呪詛を吐きまくっていた時に比べると、嘘のように怒りが治まっているしなあ。なので、今は感情が納得するかしないかなんだよねえ。

 アンシャルさんは私の言葉を待っているみたいだ。……なぜ、こちらをちらちらと伺いながら、モジモジしているのか。顔も少し赤いし、意味がわからないぞー?

 でもまあ、少なくとも私を力ずくでどうにかしようという気配じゃない。私を人外と確信していながら話し合いをしようとか、変わった人だなあ。

(法で裁く、か……)

 あー、日本で暴行された女子が、犯人が懲役何年って聞くのはこんな気分なのかな。復讐したいけれど、そうすると自分も罪に問われるから我慢するしかない、ってやつ。それが普通だって……。

 いかん、日本人だった時の記憶が復讐心を鈍らせる。

「アンシャル、そこをどきなさいっ!」

「「え?」」

 突然の声に私とアンシャルさんの声がかぶった。声はアンシャルさんの後ろ、まだ光球に照らされている小屋の入り口に立っている人物のものだった。確か……ラクシャとかいう名前の人。

「神よ、邪悪なる者を滅する聖なる光を我に授けたまえ────」

 間髪入れずに始まる詠唱。彼女の体内で魔力が膨れ上がるのが感じられた。咄嗟に両腕で顔を隠せたのは、自分でもよくできたと思う。

 次の瞬間、世界が白く染まった。熱っ! 熱ぅぅぅぅっ!?

 ジュワッとなにかが焼けるような音がして、全身に激痛が走る。アンシャルさんが使った照明とは違う、完全に攻撃用の聖なる光が炸裂したのだ。

「熱っ! いだだだっ!?」

 肌が焼ける、溶ける。肉の焦げる匂いとともに全身から煙が噴きだす。顔を庇ってなかったら目を焼かれて失明してたかもしれない。

 このままじゃ……死ぬっ! 逃げないと確実に死ねるっ。

「二人の処分は任せたからねっ! 逃がしたりしたら許さないからっ!」

 言うだけ言って、アンシャルさんの影に飛び込む。そして全力でその場から逃げ出した。

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