生者の儀式

「王国の礎として壮絶な戦死を遂げた勇者マフムードに向かって────捧げ! 筒!」

 指揮官が号令を発すると、配下の銃兵隊は銃口を天に向け、一斉に発射した。間髪入れず、鼓笛隊が国家演奏を開始した。

 先日、北部国境で壮烈な戦士を遂げた武将マフムード・ブン・ザイヌルアービディンを讃える国葬は滞りなく進み、やがて国王自らが弔辞を読み上げる段になって、周囲の熱気は最高潮に達した。

 だが、それを見るマフムードの部下たちの目に涙はなかった。いや、悲しみの色すらなかった。そこに見えるのは赤い炎。どす黒い怒りの感情だった。


 北部国境、西部国境において抜群の功績を立てたマフムードが、救国の英雄として名を馳せたのは、ある意味で当然の結果だった。前国王が崩御した昨年、兄であり現国王でもあるハールーンと時期王座をめぐって争う立場にあったマフムードは、あっさりとその座をハールーンに譲り、自身は北部・西部国境の一武将の身分に甘んじた。

 兄ハールーンにとって、弟マフムードは不気味な存在だった。マフムードにとって王座とはただの値段の張る椅子でしかなかったが、ハールーンにとっては国そのものだった。また、マフムードにとって国民とは守るべき存在であったが、ハールーンにとっては生かさず殺さず搾り取る対象だった。

 マフムードはそうした兄の考えに反対していたが、長幼の序に従って国王の座はハールーンに譲った。周囲の部下はマフムードこそが王に相応しいとしたが、彼がその首を縦に振ることはなかった。

 マフムードは信じていた。兄がやがて自分の考えを分かってくれることを。そして、兄が賢王となる時間を作るためにも、これまで以上に北部・西部国境を厳重に守り続けた。

 だが、ハールーンは、マフムードの考えを理解できなかった。マフムードの動きは、ハールーンから見れば、反乱を起こすために辺境地域で兵馬の訓練を行う者のそれでしかなかった。


「何たる愚王だ………。自身の最も良き理解者を殺すとは………」

 国葬の席上でマフムードの部下が憤怒に声を震わせた。

 そう。結局のところ、ハールーンがマフムードの考えを理解することはなかった。故意に部下から引き離されたマフムードは、少数でもって大敵に囲まれ、あっけなく戦死した。それから数日。盛大だが、どこか空虚な国葬の準備は瞬く間に進んだ。

 鼓笛隊の調べとともに、ハールーンの弔辞もいよいよ大詰めとなる。おそらくマフムードは勇者として今後も永くこの国で語り継がれていくのだろう。

 国王は死んだマフムードだけは信じることができた。

 生者の儀式は、死者を無視してただ続いていった。

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