死と生の隙間

「死を恐れることはないのですよ。死後、我々は神のもとに向かうだけなのですから」

「………いや、私は恐ろしい。ただただ死が恐ろしいのです。死にたくない………、死にたくない」

「信仰を強く持つのです。ただ、神のことを考えなさい」

「牧師様はきっと新しい魂を持った方なのでしょう。あ、あなたも一度死んでみれば分かるんだ。死んだ魂は神のもとになど行かない。また、この現世で生を受けるんだ………」

「そんなことはありませんよ。貴方は東洋の教えに影響を受けすぎているようだ。身体が生まれ変わることなどありません。魂は、神の御許にめされるのです」

 牧師は、病床で間際にいる男の死を安らかなものにしようと、言葉を変え、詩篇を変えながら、言葉を投げかけた。しかし、どのような言葉を聞いてもなお、男の恐怖が消えることはなかった。はたから見れば熱心な牧師。その心中には諦めにも似た感情が生まれ始めていた。男の恐怖はどこか根源的なものであり、牧師との間に断絶と言っても良いほどの違いがあるように思われた。

「………神を………貴方は信じないのですか?」

「神を信じています。………ですが、牧師様の説く神を信じることはもはやできません」

「もはや、とは? それと、新しい魂とは?」

 牧師はその顔に疲れを表しながら問うた。問われた男はしばらく黙していたが、やがてゆっくりと語り始めた。ただの一般の男が牧師に死を説く光景は、滑稽さに満ちていた。

「私には………前世の記憶があるのです。そして、前世で死んで今生で生を得るまでの記憶も………」

 男の手は震えていた。牧師は最初、それが病から来るものだと考えていたが、やがてそれが恐怖から来るものだということに気が付いた。

「牧師様………死んで生まれ変わるまでの間、何があると思いますか? ………何もなかったのです。ただ、虚無と無限の時間がそこにはありました。私は暗闇の中をずっと彷徨っていました。………宇宙の広さとはあれなのでしょうか? 時間と空間はともに無限でした。果てない時間の中で私は三度気を狂わせ、四度正気を取り戻しました。………気が付くとこの世に生を受けていました。死ぬと、またあの空間で無限の時間を過ごさなくてはならないのでしょうか………。わ、私はもう二度と、あの空間に置き去りにされたくないのです………」    

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