スパイダーマン的なもの

 目覚めると、見知らぬ天井が見えた。ぎょっとして起き上がろうとするも、手足はベッドに縛り付けられて全く動かなかった。

 唯一動く首を動かすと、暗い部屋の片隅に一人の老人がいるのが見える。白い髭と白髪を長く伸ばしており、年齢のほどは分からないが、目だけがぞっとするような狂気をたたえていた。

「………ここはどこですか?」

 そう聞いたつもりだったが、口からはしわがれた声しか出なかった。どうやらずいぶんと長い時間眠っていたようだ。

 だが、その質問は老人に伝わっていたようだった。私と同じようなしわがれた声が部屋に響いた。

「ここは儂のラボじゃ」

「そのラボとやらに私はなぜいるのでしょうか」

「儂は生涯をかけて一つの研究をしていた………ヒーローを作り出す研究じゃ。人間と他の生き物を掛け合わせたヒーローを作り出す研究をな。そして遂にそのベースとなる生物が判明した………」

「………それはいいのですが、何故私がここに?」

「お主を改造するのじゃ。悪いがお主に拒否権はない」

「そんな無茶な」

 ガチャガチャと手足を動かし続けたが、金属製の拘束具は太いボルトでベッドに固定されており、抵抗は叶わなかった。

 その間にも、陶酔した表情で老人は話し続けた。

「儂の研究は、まさに正義をなし悪をくじくための研究なのじゃ。儂の理論を使えば、人間の身体をベースに他の生物の力を使える新たな生物を作り上げられる。筋力を強化することもできれば、知力を向上させることができる」

 この老人は狂っていると断ずることは簡単だったが、それも全てここから脱出してからだ。私は少しでも時間をかせごうと、老人に質問した。

「………それで何をベースにするつもりなのですか?」

 くくく、と老人は笑いながら身体を折り曲げた。

「蚊じゃ」

「蚊?」

「さよう。お主は今日から蚊マンとなるのじゃ」

 想像するに恐ろしく弱そうだと思いながらも、私はまったく別のことが気になった。

「あまりにも名前が単純すぎませんか? 蚊のヒーローだから、蚊マンって」

「何をいうか。世間を見てみろ。常識的に考えれば、もっとヤバイヒーローがおるぞ」

「そうですか? あまり思いつかないのですが、例えば?」

「キン肉マン。筋肉マッチョのヒーローだからキン肉マンって、冷静に考えればやばかろう」

 狂人から常識的な回答が出て、ぐうの音も出ず、私は沈黙した。

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