覆面のありか
────こんな私でも国を変えることができるのだ。私を馬鹿にしてきた者たちは手のひらを返し、こぞって私の行動を称賛するだろう。
毎日朝から晩まで働きたおして、得られる給金はごく僅か。光が見えず、かといって暗闇も感じられないような鈍化した灰色の精神を抱えて、この男は生きていた。
そんな男が、唯一社会との接点を感じられたのが体制変革を目指した活動だった。労働者を搾取する資本家階級によって支持される現政権を転覆させることで、労働者の権利を回復する。
夜、仕事に疲れた身体に鞭打って爆発物を作り、政府要人の事務所に設置する。爆殺して、「天誅会」名義でマスコミに犯行声明を出す。
そして、それは今日で終わる。夜に総理大臣公邸を爆破し、いよいよ「天誅会」会長として名乗りをあげる。
────数日のうちに官憲に捕縛されるだろうが、私の名は永遠に歴史に刻まれる。この国を正した英雄として。
六畳一間の狭いアパートで、爆弾がさく裂する時刻を待ちながら、男は万雷の拍手を受ける自分自身を想像し、愉悦に顔を歪ませた。
そして、夜半。速報が入り、男はテレビ画面にかじりついた。中年のベテランアナウンサーの中継が始まった。
「恐ろしいことが起こりました。恐ろしいことです。たった今、総理大臣公邸が爆破されました。総理大臣を狙ったテロです。山内総理大臣は病院に搬送されましたが、間もなく死亡が確認されました───」
────成功した。私は総理大臣を殺した。私は憎き資本家どもに正義の鉄槌を下したのだ。
身体のどこからか湧き出す万能感に満たされながら、男は受話器を握りしめた。すでに犯行声明文は用意しており、あとはこれを電話口で披露するだけであった。
「────え、え、続報が入ってまいりました。続報です。犯人と思しき人物から、犯行声明が出されました」
テレビから流れた声に、男の手が止まった。まだ、彼の手はダイアルを押し切っていなかった。
「これまでにも複数の政府要人を殺害してきました『天誅会』。その会長を名乗る山田雄介なる男から犯行声明が出されました。そのビデオメッセ────」
画面に映し出された「天誅会」会長の顔と名前は、男と似ても似つかないものだった。何者かが自分の手柄をかすめ取った。そう理解するのに、しばらく時間が必要だった。
そして何より、男の名前が世間に知られることはもはや無くなった。名もなき一市民、名もなき工場労働者として、男はただ独り貧しく、この狭いアパートで老いて死んでいく。
────ぷつん
電気代が未納だった部屋は、その瞬間 暗闇に包まれた。後には、男の唸るような慟哭の声だけが残された。
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