文字単価いくらの生活

 コロナで仕事が暇になったので、以前から流行っているというネット小説に手を出してみた。とは言っても、私は頭の中の想像を文章化することはすこぶる苦手だったので、自分の私生活を切り取って、私小説にすることにした。


 朝起きて妻と交わした会話。職場の様子。帰宅して夕食を取り、ベッドに入る様子。


 当然ながら、一部18禁の要素も混じってしまったが、私小説は非常に好評だった。特に、SNS上のインフルエンサー的なアカウントに評価されて以降は、閲覧数も右肩上がり。結果、公開から1年足らずで書籍化の話が舞い込んできた。


 だが、そのころから妻とのすれ違いが目立つようになった。


 価値観の違いが顕著になり、頻繁に口論をするようになった。一方で書籍化された私小説の続きを書かざるを得ず、私は妻との喧嘩の様子も赤裸々に描写した。


「巻ごとに人気にバラつきがあるんですよ。はっきり言えば、喧嘩してる描写のある巻の人気がすごいんですよね」


 ある日、担当編集にそう指摘された。


 薄々感づいていたことではあったが、面と向かって他人に指摘されると、心に響くものがあった。


 ────妻とのすれ違いと言っているが、本当は私が故意に喧嘩の火種を作っているのではないだろうか。私小説のネタを作り出すために。


 一度心に湧いた疑念は、容易には消すことができなかった。むしろ、自分の行動だからこそ、誰からも否定されることなく、日々、それは澱のように心に溜まっていった。


 結局、妻との関係は日々に年々に悪化していった。家計のような重大事から箸の上げ下げのような小さなことまで。ありとあらゆることが口論の火種となった。


 そして、私小説はその人気を益々沸騰させた。


 数年後、仕事から帰ると、妻と妻の家財道具がなくなっていた。机の上には当然のように離婚届が置かれていた。


 ───ああ。次の巻は過去最高の人気だろうな。


 自分の不幸を文字単価に置き換えながら、私は丁寧に離婚届にサインした。

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