関川さんと遊ぼう
tolico
【あたしと仕事、どっちが大事なの?】
【関川さんからの問題編】
ボクは人生の分かれ道に立っていた。
右に曲がれば会社への道、左に曲がれば彼女の自宅。
「ねぇ、関川君、ここでハッキリさせて。あたしと仕事、どっちが大事なのよ?」
また無茶な二択……答えはどっちも大事に決まってる。
ちなみに真ん中にあるのはただの塀、行き止まりだ。
時として女性は残酷な二択を突き付けてくる。
「もちろんキミに決まってるさ、でもね……」
「でも、はナシ。よく考えて答えてよね、返答次第じゃあたしにも考えがあるから」
ボクが働くのはキミのためでもあるんだよ、という答えは門前払いらしい。
彼女は腕組みして僕の答えを待っている。
二の腕を指先でトントンしながら待っている。
「さぁ、関川君。仕事とあたし、どっちを選ぶの?」
【回答編】
「ねぇ、関川君、ここでハッキリさせて。あたしと仕事、どっちが大事なのよ?」
毅然とした態度であたしは言った。覚悟を持って。往来のど真ん中だが気にしてる場合じゃない。これは関川君とあたしのためなのだ。
まだ薄暗い早朝の往来には人が疎らで、目立つあたしたちを横目に避けて通り過ぎる姿が目端に映った。
「もちろんキミに決まってるさ、でもね……」
「でも、はナシ。よく考えて答えてよね、返答次第じゃあたしにも考えがあるから」
即答してくれる優しい関川君。分かってる。貴方ならそう答えるよね。仕事だって大事だわ、それは分かってるの。
あたしだって本当はこんな質問ナンセンスだと思ってる。
そもそも恋人と仕事を天秤にかけるのがおかしい。自分で言ったことだけど、間違ってるでしょ。比べるものじゃ無い。
そうは思うけど、デートの度に仕事が入ってキャンセル。そんな事を何回も繰り返していればそんなセリフだって出て来る。
仕事だから仕方ない、年上の私がしっかり支えてあげなくちゃ。我儘を言ったって困らせるだけ。私から告白したんだし、そう思って何度も自分を抑えてきた。
でも、付き合って半年、こうも毎回仕事に邪魔されると我慢の限界。
もうあたしは譲らない。白い壁を背に立つ関川君をじっと見据える。腕組みして関川君の答えを待つのだ。指先で二の腕をトントン叩き、苛立ちも演出してみせる。
あたしの威圧感に身じろぐ関川君が可愛い。心苦しくはある。けど、仕方ないのよ。
「さぁ、関川君。仕事とあたし、どっちを選ぶの?」
ダメ押しで迫ってみる。さあ、どうするの? 早く決めてちょうだい!
沈黙の時間が流れる。
ふぅっと溜息を吐く関川君。緊張するあたし。
「もういいよ、分かった。終わりにしよう」
そう言って関川君は右の道、会社へと歩き出す。
緊張の糸は切れた。
あたしはそれに従い黙ってついて行く。
ぶつぶつと何事かを呟きながら進む関川君。
やがてそびえ立つビルが見えてくる。
そして関川君とあたしはその建物へと入った。
入り口を通り抜け上階に上がると、個別に間仕切られたテーブルと椅子が並ぶフロアに到着する。
その一角に関川君は座った。自販機でコーヒーを二つ買い、あたしは関川君の向かいに座りコーヒーを差し出しながら口を開く。
「いやあ、やっぱりあのセリフは無いわね。一度は言ってみたかったセリフではあるけど、やっぱり仕事と恋人比べさせちゃダメだって思う。比べた時点で自分が惨めになるし、相当我慢の限界で切迫した状況に追い詰められないと出ないセリフだと思うの。そうなる前に話し合いするべきだし、言いたい事ははっきりと言わないとダメだと思うわ」
「うん。キミの意見には概ね賛成だ。でも、もしもどうしても話し合ったり出来なくてそういう状況に陥った場合のサンプルは必要だと思うんだ。求められているのは、そこからどうやって面白い展開に持っていくかだからね。時間、場所、性格設定など無数にパターンはある。今回はしっかり者でちょっと重たい系年上ツンデレ彼女というシュチュエーションだったから、次はヤンデレ妹系年下彼女でやってみよう。サンプルは多いほど良い」
彼が描くのは『恋愛シュチュエーション研究所』という漫画。
あたしは彼の担当編集者にして十年来のパートナーだ。作品のための取材や資料集め、実際に演じての構図や状況検証など、より良いものにするための協力は惜しまない。
あたしは彼の作品を含めて、彼の全てを愛している。
「……本当、関川君て研究熱心よね」
あたしと付き合っててそんな心配は無いんだけどね。
そう思ったものの、彼との100回目の検証に付き合った頃には、あのセリフが本気で喉から出そうになったのだった。
やはり、比べるまでもなく、無条件で仕事より恋人であって欲しい。
現実でそこからの面白い展開なんて、求めてないから。
【編集長、これでいいですか?】——END
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