ノーベル文学賞受賞者、カズオ・イシグロの魅力に迫る
@yoko-fuji
2021/4/9 「クララとお日さま」についての考察
図書館の本にかまけて、「クララとお日さま」を読むのをさぼっていたが、とうとう本日読み終えた。
まず、クララが人間ではなく、AF(AIを搭載した、友人としてのロボット)であるということに非常に驚いた。
少女とAIのロボットのふれあいがテーマという事前知識があったので、すっかり一本取られた。クララは人間だと思ったのだ。AFが主人公として語り始めるところも、意表を突く作品であり、イシグロの実験精神が読み取れる。
「日の名残り」同様、人の心の動きを追っていく、イシグロ独自の精緻な文章が読みどころである。
クララは観察眼と思考にたけた稀なAFであり、常に優れたAFになれるよう、研鑽を欠かさないロボットである。ある日、クララは少女ジョジ―と、AFを取り扱う店で出会い、人間のAFへの偏見や恐怖に戸惑いを覚えつつ、家族の一員となる。
少女ジョジ―は病気で、母親はクララにジョジ―の真似をするよう求め、クララがそれに応じると、最初は笑い、喜ぶが、次第にジョジ―を失うことへの悲しみ、怒りがあふれ、怒ってクララにジョジ―の真似をすることをやめるように厳しく言う。ジョジ―の真似をするよう指示したのは母親なのにである。
クララは人間を学習するよう努めるが、なかなかそのような人間の心のひだの動きまでは理解できない(理不尽とも思っていない)。また、ジョジ―の幼馴染、リックとジョジ―の心の距離が、次第に離れていくのも理解できず、一緒にいればいいのにと思っている。
つまるところ、イシグロの中では、AFと人間は明確に異なるのだとは言えよう。しかし、イシグロは例えば将来、AIの方が人間より優れた存在になるわけではない、とか、AIが人間に取って代わるのだ、などとは述べていない。そこは断言していないのだ。そこにイシグロ作品の良さがあり、特徴がある。読者は自由に解釈できるのである。
ジョジ―と母親の親子の情愛、やがて明らかになる曲がりくねった愛情も、読者の目からは奇異に映るが、クララは人間を観察し、考え、信じ、先入観なく「そういうものだ」という素直な理解と共感を示す。
そして読者は、読み終えたとき、ジョジ―の代わりがいないように、クララの代わりもいないことに気づく。違いはあるにせよ、人間とAFが対等の扱いを受けているのである。イシグロ作品の中ではハッピーエンドと言えよう。
さて、カズオ・イシグロの小説によくあることだが、主人公が妄想じみた執着を持っている。クララはお日さまの力を信じて祈っている。ジョジ―のために、誰にも内容を明かさずに。それは読者の理解を超えている。
「日の名残り」では、執事はかつての同僚の女中頭が不幸なのではないかと思い続けている。執事が女中頭に恋をしていることは明白で、読者から見ると、それを自分で認められず、あれこれ理由をつけて不幸なのではと考えており、勝手な解釈をしているように見受けられる。
「わたしたちが孤児だったころ」においても、主人公のクリストファーは、母親が上海の町のどこかにいると思い込んでおり、執拗に探し続ける。母親が上海に住んでいたのは何十年も前のことであり、決して現在ではないというのに。
なぜこのように主人公が妄想じみた執着を持ち、それについて延々と行動することをイシグロが語るのかは、私にはいまだに理解できない謎である。それは人間の性を表しているのか?判断するにはパズルのピースが不足しすぎているが、つい読み進めてしまう魔力を持っている。ここはイシグロに聞いてみたいところである。
また、「わたしを離さないで」についてイシグロはテレビ番組で「この作品の『提供』の意味を『臓器移植』と解釈したという意見があることについて、読者がそのように感じ取ることもあるのだ」と述べていたとおり、イシグロは、読者に対し、小説について自身の正しい解釈を理解するよう求めることはしていない。
私は「提供者」が手術をするたびに弱っていくという内容だったので、「提供」の意味を「臓器移植」ではないかと推察した。だが、もちろん、イシグロは「提供」について具体的な記述はしておらず、私の解釈も一つの考え方であると認識しており、「このような解釈が正解だ」とは露ほども思わないことを申し添える。
イシグロは著書で「これはこのような意図があり、こういう意味で、こう解釈して欲しい」ということは一切述べていない。とにかく自由なのだ。
カズオ・イシグロの著書はこれからも新たな驚きと発見、常識を覆した世界を見せてくれるだろう。次の作品にも期待したい。
深読み(大抵間違っている)しすぎなければ、小説は様々なことを教えてくれる。
そして、文学の論文とは、エビデンスが取れない、摩訶不思議なものである。
ノーベル文学賞受賞者、カズオ・イシグロの魅力に迫る @yoko-fuji
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