111.引き受けた半分の重さ
覚悟を見定めるように視線を合わせたエルフの婆さんに、オレは動かずにじっと見つめ返した。
「あたしがもっと若けりゃ、あんたの代わりに引き受けたろうが……もう魔力が足りないさね」
嘆いて悲しそうな顔をする。引き受けるためには魔力量が必要と知り、オレは逆に安心した。
「魔力ならある、だからオレが引き受ける」
「簡単に言うでないよ、ケツの青いガキが」
叱りつける言葉の端に滲む心配が心地よくて、口元が緩む。口が悪くて人がいい。知識も豊富で、若い者に対して出し惜しみをしなかった。本当に、長老と呼ぶにふさわしい人だ。
「お願いします」
頼むと強く言わず、頭を下げた。後ろでカインとアベルも伏せている。黙っていたヴラゴが口を開いた。
「体の痛みを分かち合うなら、体液の交換が必要になる。魂を縛る痛みなら、魂を繋いで心を開かなくてはならん。だが……呪いは難しい」
黙って話を頭の中で整理する。わざわざ呪いの分割が難しいと口にしたなら、イヴリースに掛けられた痛みをもたらす杭は呪いだ。6本あったうち、3本をオレが引き受ける形になるだろう。最悪、動けなくなる可能性もあるのか。
覚悟は揺るがないが、頭は忙しく計算していく。復讐先のバルトを先に滅ぼすべきか。それとも呪いを受けた後も動けると想定して、後回しにするのが正しいか。計算なんて追いつかなかった。
「正しくても、間違ってても関係ない。オレは――ただ、イヴリースの力になりたい」
彼の痛みや苦しみを和らげたかった。その時間を、己の復讐と秤にかけるのは違う気がした。イヴリースの苦しみが軽くなるなら、一秒でも早くオレが引き受けるべきだ。
言い切ったオレに、婆さんがくしゃりと顔を皺だらけにして笑った。泣きそうな顔で、なんとか笑みを作ってオレを抱き締める。
「あんたはいい男だ。エイシェットはいい夫を見つけたよ」
オレを認めてくれる言葉に、声に出さず頷いた。自然と婆さんの背に回した手で、ぽんと彼女を促す。顔を上げて離れた婆さんに、もう迷いはなかった。
「術式はあたしが知ってる。発動に必要な魔力はヴラゴが持ってる。何も心配せず、大人しく寝てな」
言われた通りに上半身のシャツを脱ぎ捨て、うつ伏せに横たわる。心配そうなエイシェットが、顔の前に回り込んで寝転がった。膝枕は婆さんに禁止されたので、向かい合って寝転ぶことにしたらしい。差し伸べられた手を握る。
「多少痛いが、まあ我慢おしよ」
婆さんの多少は相当痛いぞ。覚悟を決めて歯を食いしばる。念のために脱いだシャツの袖を噛んだ。双子のフェンリルや蝙蝠が見守る中、婆さんはオレの背にナイフで何かを刻んでいく。激痛ではないが、チリチリと焼けるような痛みが走った。
肌に模様を焼き付けるように刻み、婆さんが出来栄えを確認して頷く。ヴラゴがオレの背を押さえる形でのしかかった。
「おもっ」
「失礼な奴だ」
文句を言いながらも、ヴラゴの手のひらが痛む背中に押し当てられる。じわりと温かくなり……オレは予想以上の激痛にシャツを噛み締めた。両手がブルブルと震え、体が痙攣する。胃がひっくり返るような気持ち悪さと、堪えきれない刺激に、吐いた。
咳き込んでも、いくら吐いても気分は晴れない。心配するエイシェットの手だけがオレを現実に引き留めた。
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