99.囚われ竜は呼び掛ける

「約束、する」


 神妙な面持ちで同意する彼女も、異常を感じ取っている。だが本能が仲間の声に反応するのだろう。時折心配そうに顔を歪めた。


 ドラゴンは長寿だが、その分精神的な成長も遅い。200歳前後でようやく人間の成人と同等だった。彼女はまだ158歳、結婚もぎりぎりの幼さだ。オレが注意して導かないと、無茶をして罠にハマる。それは許せなかった。


 何もかも奪われ、命しか手元に残らなかったオレが得たドラゴンだ。伴侶となり、番となって生きる覚悟も決まった。彼女を奪われるわけにいかない。目印がわりに、エイシェットに魔力を繋いだ。目を瞬かせて、魔力の糸を摘み嬉しそうに笑う。


「絶対に切るなよ?」


「うん」


 オレがいない場所で強力な魔法を使えば、魔力の糸は切れる。自制を促すための予防措置だった。足下から響いてくる苦しそうな声を聞きながら、ひとつ深呼吸する。気を落ち着けてから、感知したドラゴンの魔力を目印に転移した。


 薄暗い洞窟、地中の空洞か。鍾乳洞の真ん中に蹲るドラゴンがいた。鱗は黒く、目は分からない。全身に大きく太い杭が6本も突き立てられ、息をするたびに痛むのか呻き声を上げた。駆け寄ろうとするエイシェットと手を繋ぎ、彼女の暴走を食い止める。


「エイシェット、オレが先に話しかけるから、絶対に声を出すな」


 不満そうな顔をしたものの、大人しく従った。頷く彼女は右手をオレと繋ぎ、左手で己の口を押さえる。間違って声を出すのを防ぐためだろう。微笑んで銀髪を撫でてから、ゆっくり距離を詰める。


 周囲に人の気配は感じない。それが余計に不気味だった。踏んだら発動する魔術が仕掛けられていないか、どこかに息を潜めた奴が隠れていないか。気を張り詰めて足を踏み出す。鍾乳洞の中は水が滴り落ち、濡れて滑る。石灰が固まった大地は、不思議なほど静かだった。


 精霊の数が少ない? 眉を顰めながらも近づく。ドラゴンの巨体を見上げる位置だが、尻尾による攻撃が届かない場所で喉を鳴らした。


 ぐるる……ぐぁう。どこのドラゴンでなぜ捕らえられた? 尋ねる響きに、黒竜は痛みを訴えるだけだ。まるで言葉を知らない子どものように。


 オレがこの王宮に滞在したのは1年くらいか。その間にドラゴンの唸り声を聞いた覚えがない。それにこの人工湖周辺は訓練で使ったため、遠くて気づかなかった可能性も排除できた。そもそも王都の中でも王宮に近いこの場所に、ドラゴンを捕らえる理由は何だ?


 逃げられたら王宮が真っ先に狙われる。さきほど飛び去ったエイシェット同様、尾やブレスによる攻撃を受けるだろう。


 ぐるるぅ、再び声をかけた時、ようやくドラゴンの目が開いた。鮮やかな赤い瞳に驚く。美しい色は魔王イヴリースを思い出させた。見開いた目を数回瞬き、すぅと細められる。


 ――我が、友よ。


 思わぬ呼びかけに、オレは何も返せないまま固まった。

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