96.人間を滅ぼした美しい世界を

 リリィに促されて、蝙蝠達に治癒を施した。震える彼らは差し入れられた食料の血を口にした後、動けなくなったらしい。人間が何らかの処置を己の体に施したのか。縛り上げられた獲物は、すべて息絶えていた。


 捕まったときに、隠し持った毒物を飲んだのかも知れない。その毒が原因で不調を引き起こしたなら、それも作戦だったのだろう。卑劣な人間のやりそうなことだ。


 頭がぐらぐらと沸き上がるように熱いのに、芯の部分が冷えていった。ヴラゴの仇をとり、復讐を果たす。今回攻め込んだ人間が、バルト国の連中なのは間違いなかった。荊の紋章が入った鎧と武器、旗こそ掲げていないがバルト国の仕業だ。


 侵入経路は魔王城の裏手にあった。北側で巨人族が戦った広場、その傍にある小さな祠だった。魔族の長老クラスでも首を傾げるほど昔からあるらしい。何らかの女神を祀った祠が転移の出口になっていた。


 バルト国も最近見つけたのだろう。そうでなければ、オレが攻め込むときにも利用したはずだ。


 運び出されたヴラゴの死体に手を合わせ、頭を下げる。蝙蝠達は協力を申し出たが、オレは首を横に振った。正直、精神的な余裕がない。捕まえた後で彼らが仇を嬲るのなら渡そう。だが命のやり取りをする戦場で、守るべき存在を増やすのは無理だった。


 以前はどうして守れると思ったのか、協力要請を簡単に出せたのか。自分を詰り、罵りながら心の痛みを刻み込む。決して忘れてなるものか。


 ヴラゴの遺体は蝙蝠達が住まう、黒い森の奥の洞窟に安置される。必ず、そこへ仇を討った報告をする約束をして、彼らを見送った。エルフ達が共同で転移の魔法をかけた蝙蝠は、悲しそうに項垂れて一匹ずつ消えた。最後まで見送り、拳を強く握る。


 ずっと付き添うエイシェットが心配そうに喉を鳴らした。


「平気だ、オレは生きてるんだからな」


 生きてるなら顔を上げろ、前を見て戦え。敵はまだ残っている! 容赦も手加減も不要だ。この身に宿った魔力もすべて使い切ることに迷いは消えた。美しく作り直した世界に、日本人は生まれ変わるのだから。


 汚れた人間を排除した綺麗な世界に、新たな生命として生まれ直す。日本人は今までと別の形で、この世界に馴染むだろう。そのときオレはもういないかも知れないが……道連れにして消滅させるのは違った。理不尽に奪われた命が魔力に変換されたなら、魔力を消費して新たな生命に変換する。


「エイシェット」


 最期までついて来てくれるか? そう尋ねようとして、残酷さに気づいて唇を噛む。彼女は唯一の番にオレを選んでしまった。次はないのだ。復讐が終わって抜け殻になっても、オレしかいないのに。


 ぐるるぅ。ついて行くよと示す彼女の信頼を裏切りたくなかった。幸せの概念は今のオレの中で曖昧だが、エイシェットの幸せを願う気持ちは強かった。だから、彼女を傷つけずに戦い抜いて……隣にいよう。どんな形であっても、誇り高いドラゴンの番として。


「悪いな、女の子なのに戦いにばかり連れ回して」


 それでも置いていくと言わなかったオレに、エイシェットは嬉しそうに頬を擦り寄せた。

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