77.ガラクタはくれてやるさ
「黒い血の匂いで分かった」
そう告げたヴラゴの声は震えていた。慰めを口にする権利がないオレは、唇を噛み締める。
「間違いない、よな」
否定して欲しいが、肯定する材料しかない。吸血鬼が血の匂いを間違えることはないし、嘘を言う必要もなかった。だから疑問系にならない言葉は、ただ重く落ちる。ひとつ息を吐いて、ヴラゴのおっさんに宣言した。
「オレが対処するから、一度引いて欲しい」
「距離が離れ過ぎると人間が腐るが構わんか?」
アンデッドとして動いている間は、体の腐敗は緩やかになる。ドーレクの都内にある死体は、現在支配下にないため、急速に腐っていくだろう。自然に戻ったと表現すれば近い。腐って骨だけになっても死ねないが、有用性は下がった。
「別にいいさ、次の都市で新しい手足を見つければいいし。なんなら腐らせてしまえばいい」
ドーレクを助けにきたのか、占拠に来たか。連中の目的は分からない。国旗を上げないのも、その辺に理由があるだろう。連中にとって目の前で腐る死体は害にしかならない。今の時点で燃さず埋めない行為が、彼らの首を絞めるだけだった。
「この都はくれてやるさ。もう復讐相手も残ってない、ガラクタだからな」
にやりと笑ったオレの意図を理解し、ヴラゴが肩を竦める。おっさん、寝癖ついてるぜ。指摘しようとしてやめた。エイシェットは気づいたらしく、ちらちらと見ている。袖を引くので口に指を当てて、黙っているよう示した。秘密共有だと浮かれる彼女は、口元が緩んでいる。
「脱出口は用意した。そこの森でオレの小細工の結果を堪能して欲しいんだが、高貴なる吸血鬼一族の皆様が観客なら気合が入るし?」
持って回った言い方で持ち上げると、ヴラゴは尊大な態度で応じた。昔観た演劇みたいだ。
「特等席へのお招きとあれば、一族の者も喜ぶであろう。ぜひお受けしたい」
周囲の蝙蝠達が顔を見合わせる中、大笑いした。そろそろフェンリルの双子も到着した頃だと告げ、彼らを外へ誘導する。出口できょろきょろと周囲を窺い、まずはオレが出た。探知できる範囲に魔術師はいない。人間の反応は弱すぎて、魔力感知に引っかかりにくい。目視で確認したオレの隣で、エイシェットもぐるりと見回した。くんと鼻を動かして頷く。
「平気、いない」
合図を送り蝙蝠達を森へ誘導する。遠くから攻撃されるとしたら、弓矢の心配だけ。風の魔法を放ち、彼らを保護した。個々に結界膜も併用している。カインの遠吠えが響き、オレは同じように吠えて返答した。
オレが大地に頼んだ木々が生い茂る一角で、一際大きな蝙蝠に声をかけた。
「なあ、脱出口は知ってただろ? 出口を使わなかったのは」
「あの方の血を取り戻したくて、一族を危険に晒してしまった。助かったぞ」
やっぱりか。魔力量が豊富な彼らなら、魔法を駆使して崩れた抜け道を修復するくらい簡単だ。あの黒い血に触れることが難しくとも、人間にいいように利用される状況に我慢がならなかった。魔族なら当然の感情だ。
「うん、だからオレが責任とって回収する。無理なら大地に還すよ」
最悪でも大地に吸わせて消し去る。宣言したオレに、ヴラゴは初めて頭を下げた。
「頼む」
ひくりと動いた喉は張り付いて声も出ず、ただ頷くことしか出来ない。こんな状況を招いた過去のオレの行動も、卑劣な人間の振る舞いも……ゲーム盤をひっくり返してやろう。苦しんで死ねばいい。
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