70.海岸デートは命懸け

 夜明けを一緒に見て、海の上に落とされたので泳ぐ羽目になった。彼女は楽しそうに水浴びをしたあと、隣で溺れかけていたオレを咥えて砂浜に転がす。話を聞かれたせいで乱暴に扱われたのかと邪推したが、違うらしい。


 ぐるると喉を鳴らす彼女の言い分では、番相手とデートする仲間が羨ましかったそうだ。その子に聞いたら、デートプランを共に考えてくれた。親切な子で良かったと嬉しそうに語る。


「次は、その子に番は弱い種族だと伝えておいてくれ」


 ぐったりと砂まみれで転がるオレは、怒涛のデートプランに異議があった。夜明けを見たのはドラゴンに咥えられた状態なのでムードはなく、最後の晩餐のデザート気分だった。泳げないわけではないが、水深が想像できない沖に投げ出され、隣で水浴びするエイシェットの起こす波で沈みかけた。回収されたものの砂まみれで、窒息寸前まで追い込まれたオレとしては、一度抗議しておきたい。


 不思議そうに首を傾げる彼女を責める気はなくて、鱗に覆われた腕をぽんと叩く。寝転がろうと誘い、数十分の昼寝をした。食事を希望する彼女と共同で魚を捕まえ、ブレスで焼いてもらう。火力の調整が上手な竜でよかった。不器用だったら、炭か生の選択肢しかない。


「戻るか、ヴラゴのおっさんが待ってるし」


「帰る? 明日」


 人化した彼女が奇妙な表現をした。明日帰る……今夜は?


「ヴラゴ、好きにしろ、言った」


 まさかのヴラゴが裏切りか!? 苦手なドラゴンをオレに押し付ける気だ。明日の朝戻っても、今夜戻っても構わない。だが……複雑な気持ちになった。彼女の方が圧倒的に強くても、未婚の男女に夜を外で過ごして来いは問題ありだろ。この際だ、きちんと話せという親心と思っておこう。じゃないと腹が立って、おっさんの顔を見た瞬間にパンチを繰り出しそうだった。


「エイシェット、正直に言ってくれ」


 頷く彼女がぺたんと足を開いて座る。正座の足を左右に崩した形でお尻を砂浜に押しつけた。薄い布が海水のせいで張り付いて、いろいろと透けている。彼女の顔を見るフリで、盗み見てしまった。予想より胸の膨らみがある。


「オレが番でいいのか? 人間だから早死にするぞ」


 死んだ後どうするんだ。そう告げると目を見開いて飛びついてきた。反射的に受け止めたものの、押されて後ろに転がる。ドラゴンの突進なんか受け止めきれねえよ。


「番がいい」


 大きすぎず、小さすぎず。両手に収まるジャストサイズの胸がオレに押しつけられてる。彼女がいいならオレに断る理由はなかった。


 前の世界に待ってる奴もいないし、この世界で生きていくと決めている。ならば、彼女が望む番として大切にしよう。寿命問題は足掻いてみるが……最後の手段でヴラゴのおっさんに噛んでもらうか。アンデッドは嫌いと言われるかも知れないな。


「復讐終わるまで、正式に番えないかも知れないぞ」


「うん」


 協力すると喉を鳴らして伝えるいじらしいドラゴンに、オレはすっかり絆されていた。日本でモテたことがないし、こんな風に誰かに求められた記憶もなかった。家族や友人とは違う存在に頬を緩める。抱き着いた彼女の背に手を回して、横向きに転がった。


「お! 女がいるぞ」


「隣の男はどうする?」


「殺しちまえばいいさ」


 げらげらと下品な声で騒ぐ連中に、ロマンチックな雰囲気は台無しだ。夕暮れ前の午後の強い日差しに手を翳し、身を起こして振り返った。いわゆるゴロツキ一歩手前、魔物退治を生業とする冒険者という肩書きの連中だ。全部で5人、こちらは少女と武器を持たない一般人らしきオレ。剣を抜いて突きつける男達に、オレは溜め息をついた。


 治安が悪いとか、そんなレベルじゃねえぞ。魚が獲れる綺麗な砂浜に人がいない理由が、ようやく理解できた。

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