35.自白して自爆した

 生かすか殺すか。そう問われたら、迷いなく殺す。この子どもは現時点でオレに危害を加えているし、そもそも人間の子どもを生かす利点がなかった。無造作に距離を置き、空中で足を止める。きゃんきゃん騒ぐ子犬のような子どもを、無感動に見下ろした。


「エイシェット、帰るぞ」


 ぐるるぅ、その子はどうするの? 尋ねるエイシェットは優しい。雌の母性本能も関係しているのだろうが、困惑していた。本来、戦場で出くわすはずのない年齢の子だ。まだ6歳前後か。


「知らね」


 オレが面倒を見る義理はない。そう言い捨てて両手を伸ばす。エイシェットはそれ以上何も言わなかった。ぐるりと旋回する彼女は、いつもより大回りする。その間にパチンと指を鳴らした。子どもの足元に生まれた光が飲み込み、一瞬で消える。


「焼き払って帰るぞ、疲れた」


 ぶっきらぼうに告げるオレに、エイシェットは意気揚々と炎のブレスを吐いた。この村に。別の村へ転移で吹き飛ばされたガキはいたかも知れないが。


 ずきんと痛む足に手を翳し、治癒する。炎に包まれた村は人も家も道具も同じように焼き払った。先程までの戦闘が嘘のようだ。燃える炎に弾ける木材、風、崩れ落ちる音……人の声が消えた村は黒一色に染まった。


 次の村を襲撃する時は、カインとアベルが暇な時にしよう。兄弟のようなフェンリルの双子を思い浮かべ、銀竜の背で大きく伸びをした。風が少し暖かくなってきたな。季節が変わっていく兆しを感じながら、オレは魔王城へ向かっていた。




 舞い降りた魔王城の城門前で、待ち構えていたリリィに捕まる。首根っこを掴まれ、強引に引き摺り込まれるオレを、エイシェットはきょとんとした顔で見送った。そこは助けてくれてもいいだろ。大きな瞳を見開いて、へらっと笑う彼女はオレのピンチに気づいていなかった。


 もしかして、何かバレたのか?!


「ご、ごめん。悪気はなかったんだよ」


「何を謝ってるの?」


「ああ、その……新作の剣を置いたことだろ? 仕方ないじゃん。狐を助けるのに置いただけで、忘れたとかじゃないし。ちゃんと勝った後で回収してるぞ」


「へぇ、そんなことがあったの」


 冷や汗がどっと出た。え? その話じゃないのか。じゃあ、あとは何だ?!


「その話じゃないわ」


「えっと……子どもを逃したこと? あれはまだ6歳前後じゃん。子猫みたいなもんで爪もないから。それに他の村に飛ばしたけど、エイシェットが村を焼くときに気にしないようにしただけだぞ。別に同情じゃないから」


「ふふ、相変わらず甘いのね。その話でもないわ」


「え、えええ!? じゃあ、何の話だよ」


 必死で思い付く失態の謝罪をしたが、両方とも違ったらしい。くそ、余計なことを口走らなきゃ良かったぜ。いずれバレるとしても、先延ばしにできたのに。


 乱暴にオレの襟を引き摺るリリィに、魔王城内の魔族は一斉に道を譲る。現在、魔王の座は空席だが……事実上彼女が魔王同然だった。というより、怖くて誰も逆らえない。しかも強くて、黒い霧である瘴気を少しずつ消す功労者なのだ。


「魔王の話よ」


 びくりとオレの肩が震え、顔が青ざめていくのが自分でも分かる。親友になれたかも知れないのに、人間を信じて殺してしまった男――騙された怒りと後悔、苦く悲しい感情が胸を一気に満たし、オレは潤む目を見開いた。あいつのために涙を流す権利なんて、オレにはない。


 放り出された床に尻餅をついたオレの前に、双子のフェンリルが座っていた。イヴも揃っている。いつものリビングなのに、寒い気がした。

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