7.復讐する権利がある

 こちら側に犠牲者はいない――それなら、必要なエネルギーはどこから得た? 恐ろしい推測が脳裏をよぎり、オレは吐きそうになる。向こう側から得たんじゃないか? 魔力がなく魔法を使わない日本で、無理やり奪えるエネルギーなんて限られている。


 世界と世界を繋ぐ膨大なエネルギー、こちらでは魔力を使用するが使いすぎると死ぬ。それは生命力と置き換えて理解することが出来た。ならば向こう側で、同等の価値を持つのは何か。


「あなたのことを知ってる人間ほど、強い力として活用できる。ならば消費されたのは、サクヤを知る者達……」


「嘘だっ!!」


 頭の中が真っ白になり、ついで怒りが真っ赤に染め上げた。嘘だ、そんなことあるわけがない。だって、そうじゃないと……オレが帰った日本に、オレを知る人がいない。あり得ないだろ、そんなの。信じたくないけど、真実なのだろうと思う。


 あの状況で、死にかけたオレを拾ってくるメリットはない。元勇者と言っても魔法が使えるわけでも、めちゃくちゃ強いわけでもなかった。異世界人は死ににくいという、ただそれだけ。魔王と知り合いで便利に使われただけ……そう考えたら、リリィがオレに嘘をつく理由がなかった。


 彼女はオレを拾っても使い道はない。魔王を倒すために呼ばれたが、その仕事は終わった。その上で日本に帰す気がないから殺そうとされて、この世界では勇者を騙った罪人扱いだ。こんなに厄介な荷物を拾ったところで、役に立つはずがない。


「ひとつ教えてあげる。私は嘘を吐けないのよ。どんなに耳に痛くても心が苦しくても、真実を受け止めなさい。そうでなければ……復讐相手すら間違うわよ」


 椅子から崩れるように床に落ちた。足も腰も力が入らない。ぐにゃりと床に崩れるオレを、彼女は気にした様子なく話し続けた。


「さきほど口にした仲間、騎士のエイブラムよね。仲が良かったんでしょう? 彼はあなたに何を話したのかしら」


 答える気力はないが、脳裏に浮かんだのは片親で育ててくれた母と優しい婚約者の話だ。苦労させた母に報いたい、幼馴染の婚約者を幸せにしたいと聞いた。誠実で、騎士という肩書に相応しい立派な奴だ。


「エイブラムの報告をお願い」


「はい、姫様」


 猫耳の侍女は手元の紙に視線を落とした。複数枚にわたる内容を、感情を交えずに淡々と読み聞かせる。


「エイブラム・ケインズ。26歳、妻帯者です。妻子への暴力がひどく、罰として今回の遠征に赴きました。妻の実家は子爵家であり、平民のエイブラムはコンプレックスを抱いていたようです。魔王軍のみならず、幼い魔族の子どもを痛めつけることに快感を覚える性質があり、子どもの前で母親の腹を切り裂くなど……」


「そんなこと」


 嘘だと言い切れなかった。その事件は知っている。ただオレが彼から聞いた事実と違っていただけ。子どもを捨てて逃げようとした母親を諭そうとしたが、半狂乱になって襲ってきた。その時にもみ合いになり死んでしまったと。悔しそうにそう言ったのに。


 絞り出したオレの声は、弱い。状況がおかしいと思ったのは確かだ。子どもは母親に縋って泣いていた。そこに愛情はあったんじゃないか? 騎士がただの獣人系の若い母親を押さえきれずに刺したというのも、後から考えれば妙だった。なぜ剣を抜いたのか。獣人で怪力を発揮するのは一部の雄だけだ。ただのか弱い女性に、騎士が剣を抜いて応対するのは奇妙だ。


 あの場に子どもを置いて行ったが、彼は少し遅れて合流した。子どもに謝ったと言ったが、本当は何をしてきた? オレが知らない背後で、あいつは子どもを……?!


「あの時の子は……」


「エイブラムに殺されました。母親と同じく、腹を裂かれての失血死です」


 悪い予想ほどよく当たる。いや違う。オレが愚かだったのだ、曇った目で伸ばした手に握らされたのは、都合の良い嘘ばかり。握り締めた拳で床を叩く。徐々に力を失う手は赤く染まり、リリィの白い手が重ねられた。


「あなたはすべてを知り、復讐する権利がある――でも義務ではないわ」

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