4.死にたく、ない

「ひとまず食事と治療はしたし、体を洗ってきなさい」


 彼女が命じた声に応える形で、2人の青年が入ってきた。話が先だと粘る体力がない。気力と意気込みは押し流され、彼らに風呂へ放り込まれた。服と呼べないボロ布ごと浴槽につけられ、出て来ないように両手で抑え込まれる。暴れて抵抗しようにも力が入らず、大人しく手足の力を抜いた。


 風呂と呼ぶには温めの湯だ。抵抗をやめたオレの髪にもタライで掬った湯が掛けられた。汚れるなんてもんじゃない。真っ黒になった湯に顔をしかめる。まるでヘドロのような悪臭が鼻をついた。食べた物、吐きそうだ。


「湯を変えますよ」


 頷くより早く、お湯が減っていく。半分以下になると新しく足された。どこから来るのかと思えば、彼らは簡単そうに魔法を操る。両手に水と火の魔法を用意して、器用に温度調整をしていた。この世界に来て何度か魔法は見たが、ここまで上手に操るのは魔族ぐらいだ。生まれたすぐ使えるようになるからだろう。


「魔族みたいだな」


 思わず呟いていた。人間は魔族を毛嫌いしているから、魔術師だったら怒り出す。慌てて言い直そうとしたが、顔がそっくりな双子達は驚いた顔をしたあと笑った。気分を害してないのか。もしかして……?


「魔族、なのか?」


 2人を交互に見ると、片方がくすくす笑い出した。


「姫様のおっしゃる通りですね。差別意識がないのは驚きます」


 顔を見合わせて頷きあった双子は、瞬きの間に別の姿になっていた。肩に届かぬ短い黒髪の間に、獣耳がある。ぴこぴこと動く彼らの耳に気を取られていたオレは、上から掛けられたお湯で咳き込んだ。がしがしと痛いくらいの強さで髪が洗われる。


 石鹸は高価な品物なのに、遠慮なく使われた。髪を5回ほど洗い、体は3回擦られた。抵抗する間もなく、手際のいい双子に磨き上げられたオレはタオルに包まれて溜め息を吐く。ぽたりと落ちる前髪の水を拭きとって、全身が乾かされた。これも魔法を使う。


 日常でこんなに魔法を使うのは、確かに魔族くらいだ。生活水準は人間より高かったし。魔王の城で見聞きした光景を思い出したら、鼻の奥がつんとした。


 気のいい奴ばかりだった。人間と違って裏表はなく、汚い裏切りもない。日本に帰してくれるという約束がなければ、オレは魔族の側に付きたかった。あいつらと友達になって、一緒に暮らすと決断すればよかったんだよな。


 戦うしかないと知った時の魔王の、痛みを耐えるような顔が忘れられない。あいつはオレのこと、ダチだと思ってくれてたのかな。


 鼻を啜ったオレは、疲れから床に座り込んだ。足や腰に力が入らない。胡坐をかいて座り、掛けてもらったローブにのろのろと手を通した。乾かした黒髪はキシキシと手触りが悪い。リンス……この世界にないんだよな。これが生まれ変わり系のラノベなら、リンスを開発してチート展開か。


 魔王を倒す勇者すら排除する世界で、そんなの無理かな。魔女狩りみたいに殺される気がした。この世界の人間は、中世の魔女狩りに似た考え方をする。自分達と違う物は排除対象で、飛びぬけて優秀でも逆に何も出来ない無能でも、同じように始末しようとした。


 勇者が強すぎると排除されるラノベ、読んだことあったのに。オレは自分の状況に置き換えることが出来なかった。魔王を倒せば日本に帰れると言われたから、その後の展開まで考えなかったんだ。愚かにも王族の説明を信じてしまった。


 ……あいつら、無事かな。いざとなったらオレが殺されればいい。そう思っていたはずなのに、こうして人心地ついたら、死ぬのが怖くなった。もう二度と同じ目に遭いたくない。知らない痛みは耐えられても、すでに経験した痛みは恐怖を数倍に膨らませた。


「死にたく、ない……」


「当然ですよ」


「それが本能です」


 双子の言葉が温かく、だが鋭さを伴って胸に突き刺さった。

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