第17話 冴えない少年はおしゃれがしたい(その3)
翌日、仁はいつもルーシーよりも遅く起きるのだが耕陽のためにもルーシーと同じ時間に起床した。
「いつもより起きるのが速いのね」
「好きな子に振り向いてほしい奴に藁をもすがる思いでおしゃれを教えてほしいと懇願されたからね」
首を傾げるルーシーに仁は耕陽の話をする。
「侑の奴が俺を紹介したんだけどどうやら好きな子が生徒会の役員っぽいから俺の服装なんか参考にならないし紫龍の協力もあってか昨日から手伝うようになっているんだけどどうも俺の好みじゃなかとよねぇ……」
溜め息を吐く仁に対し、ルーシーは「ご愁傷様」と慰めの言葉を述べる。
「ねえ仁、侑が出て来るってことはもしかしてうちのクラスの男子じゃないかな?」
「そうなの?」
「この前ある冴えない男子が侑の所で恋愛相談をしていたんだけどね。まぁ、ここ最近は清潔感は出てきているとは思うんだけどどうも物足りなさがあるというか……」
ルーシーは表情を曇らせながら弁当作りをし、仁はその話に頷きながら一緒に弁当作りをしていた。
「って、何で手伝っているのよ?」
「ダメだった?」
仁は質問を質問で返す。
「ダメじゃないけど仁ってそんなキャラだった?それよりも侑って酷いのよ、その子の恋愛相談に乗っているのだって『小説のネタにするため』でその子が告白をした後のことは一切考えていないのよ?」
「侑らしかね。あいつは極度のブラコンやけんってのもあるっちゃけどあまり面倒ごとに首突っ込みたくなかっちゃろ」
「それでも『小説のネタにするため』にってのは納得いかないわ!」
「ルーシーの言い分も分かるばい。侑は小説のためなら何でもする人間やけんね。例えそれが身内を売ることになったとしても。やけどね、裏を返せば侑は男嫌いな自分よりも男子に相談した方がいいと思ったっちゃない?ラノベ作家している割にその辺は説明不足というかコミュ障というか……」
ルーシーは仁の言いたいことは理解出来ていた。しかしだ、それでも侑の発言に納得ができずにいたのは何故なのだろうか。
仁は侑と幼馴染ではあるものの擁護するわけでもなく、非であるところはしっかりと見ており、良くも悪くも過大評価をする人間ではなかった。
ただ、その性格ゆえに仁は中学の頃かなり苦しんでおり、自分はどこか『ズレている奴』と思っていたようだ。
仁同様にジョセフや侑の親戚達と言った『ズレている』人間同士でつるみ、その気持ちを紛らわしていたのだが高校になって違う学校に通うようになって再び自分はどこか『ズレている』人間であることを思い知らされる。
ルーシーもそんな仁の横顔を見て『ズレている』と思っていた。
エミリーは家でも学校でも真面目で誠実で優しい少女であり、ルーシーはそんなエミリーを守るために自分達を嫌う義母に反抗的な態度を取り、自分だけ蚊帳の外扱いを受けたりとして『いやらしい女』と罵詈雑言を浴びせられたりと思い出すだけで胸騒ぎを起こしてしまう。
そんな表情の曇った死んだ魚のような瞳を仁は凝視し、仁はルーシーの肩にポンと無意識に手を置く。
「ちょっと、何肩に触ってるのよ……痴漢、スケベ、変態、ロリコン猿」
ルーシーは頬を染め、弱い声でジョセフを罵る。
「俺はロリコンじゃなかばい、二次元のロリは最低でも十三歳以上じゃなかとあんまりおっぱいの大きいキャラとかもおらんけんくさ。それにロリはエロよりもマスコット感覚で好きになった方が楽しめるばい」
仁は自身がロリコンでないことを主張し、オタク特有の早口でルーシーに語る。
ルーシー自身「私だってアニメ観てるけどロリをマスコット感覚で好きになるって発想はなかったわ。ロリコンなんて言っちゃってごめんなさい……」
「分かってくれればよかとよ。ルーシーはやっぱり可愛か……」
仁は続きを言おうとした途端、ルーシーの顔から湯気が出るように赤らめ意識が飛んでいた。
「可愛かね……」
口を噤ませながら言いたかったことを言ったのだ。
ルーシーの意識はない状態で言ったため言われた本人には伝わっていないが仁の本心であることに間違いはなかった。
教室に入り、授業が始まる前に担任が教壇に立ち、生徒達に書類を渡した。
「えぇ~っと、この書類にも書いてある通りに七月にミス・ミスターコンがあることが書いてあるがそれのクラス代表を決めようと思う。それで女子と男子一人ずつ出てもらうが立候補するものはいないか?」
担任がそう生徒達に言うと一人の生徒が手をあげる。
「お前がやるのか?」
「いいえ、男子の代表は坂本がいいと思います」
カースト上位に入る男子生徒、所謂ヤンキーと呼ばれる生徒が仁をクラス代表に推薦した。
「その理由を聞いてもいいか?」
担任も何故仁を立候補したのか理由はなんとなく察していたが聞くことにした。
「坂本は芸能人オーラが漂っているからクラス代表にしても恥にはならないと思ったからです」
「なるほど、他に意見あるものはいるか?」
その生徒の案に反対の者がいるか担任は尋ねるも誰も受け答えせず、空気の流れで仁がミス・ミスターコンのクラス代表へと任命されていた。
「ちょっと待ったぁ!」
仁は欠伸しながら適当に聞き流していたが自分の名前があげられたことでようやく事の重大さに気付く。
「坂本は嫌なのか?」
「そういう問題じゃなくていきなりミス・ミスターコンとかわけの分らない大会が来月に開催されるかと思ったらいきなり俺がその代表に選ばれるとかどう考えてもご都合主義展開すぎるでしょ!せめてヨハンかジョーを……いやっ、このクラスを仕切っているあいつらの内の誰かが言いに決まっとるでしょうもん!」
仁は博多弁で担任に反論し、カースト上位のヤンキー達の方を指さすも「誰も立候補しないから……」と口を噤ませながら担任は仁の話をスルーした。
時間も経ち、女子のクラス代表はエミリーに決まった。
やはり仁は納得がいかないようで、「エミリーが女子の代表なら男子はジョーが……」と反論するも誰もが「お前しかいない」の一点張りで代表決めは終わったのだ。
昼休み、仁は紫龍、耕陽と一緒に青空が広がる中庭にあるベンチで弁当を食べながらミス・ミスターコンと耕陽をおしゃれにするための話をしていた。
「…………んで、仁はクラス代表になったんだろ?」
「そげんっちゃけど俺に務まるかどうかと言われたらぶっちゃけ……」
「うちのクラスなんて伊東だから一年の中でなら……いや、二、三年と比較してもお前が優勝するだろうよ」
紫龍はニヤニヤと仁なら優勝できると褒めていたがどうも興が乗らないようだ。
「そうかそうか、伊東が出るったい……って、紫龍じゃないとね!」
「うん、俺じゃないよ。女子はちなみにラノベ作家もしている
「ああ知っとる、その玲於奈って女のことは侑から情報を得てるよ。何でも男子を奴隷か下僕のような扱いをして散々罵る屑女だろ?ああゆうの性格さえ分かれば誰も投票なんかしないだろ」
「そうでもないぜ、ミス・ミスターコンは兄貴の話しだと他校や一般の人も票入れるみたいだからあの女に入れる奴もいると思うし」
仁は肩を竦め溜め息を吐き、「世の中って残酷だな……」と呟いていた。
「あの、そのコンテストだけど僕も出ることになったんだ……」
「マジ!耕陽も出るのかよ!それなら今のうちにおしゃれを極めないとダメじゃん!」
「もういっそのことその長い髪をポマードで固めてリーゼントにしようぜ。初期のビートルズみたいによ」
「いやいや、それ昔のヤンキーじゃん……」
紫龍は自分の思想を押し付けようとする仁に苦言を呈する。
「取り敢えずヘアカタログとワックスとスプレー持ってきたから放課後にでも試しにやろうぜ」
「紫龍は髪のセットにどのくらい時間かけてるんだ?」
仁は改めて紫龍に尋ねると「最低でも三十分」とのことだ。
耕陽は仁や紫龍と言った人物の輪に入って大丈夫なのか不安に目を泳がせていた。
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