第4話 おはよう。

 ?月?日。



「おはよう、未白。いい朝だな」


 なんて当たり前の声で、目を覚ます。


「……あれ?」


 だから俺は、何かを確かめるように身体を起こす。


「…………」


 前後の記憶が、曖昧だ。いつも通り自室のベッドで目を覚ましたのに、どうしてかそのことに強い違和感を覚える。


「どうした? そんな、狐につままれたような顔をして。……もしかして、おねしょでもした?」


「アホか。この歳でおねしょなんて、するわけないだろ。……じゃなくて、紗耶ちゃんは……」


 と。そこで、思い出す。そういえば俺は、あの子に監禁されて、それで……。


「クロ。お前が俺を、助けてくれたのか?」


 紅い瞳で楽しそうにこちらを見る、どこか人間離れした雰囲気を持った少女──クロ。彼女にそう、問いかける。こいつならそれくらい、できてもおかしくはないから。


「違うぞ? 未白。お前は、助かってなんていない。ちゃんと死んだ」


「じゃあここは、地獄ってことか?」


 改めて、部屋を見渡す。やはりどう見ても、ここは俺の部屋だ。……いや、違う。1つ違和感に気がつく。


「……なあ、クロ。今日は、何月何日だ?」


「5月24日だな」


「……お前それ、本気で言ってるのか?」


 確か俺が紗耶ちゃんの家に呼ばれたのが、6月25日。だからどう考えても、その日付はおかしい。……けれどどうしてか、俺の部屋のカレンダーも5月のものになっている。


「つまり、あれだ。タイムリープってやつだな。我、時を司る神だし」


 クロは当たり前のように、そう言う。


「……それを俺に、信じろと?」


「うんうん。その困惑した感じ。タイムリープ初心者って感じで、初々しいな」


「黙れ。んなもん、初心者に決まってんだろ」


「いやいや、世の中にはタイムリープのプロがたくさんおるぞ? ゼロから始める奴とか。時をかけたりする女の子とか。オールユーを、ニードする奴とか」


「アホか。なんだよ、オールユーをニードするって」


 というか俺は、シュ◯ゲが好きだ。……じゃなくて、


「もういい。とりあえず、事実確認だ」


 立ち上がって、枕の下に置いてあるスマホを手にとる。そしてありとあらゆる方法で、現在の日付を確認してみる。


「ガチじゃろ?」


 クロは笑う。


「……だな」


 結論。どうやら本当に、タイムリープしているらしかった。


「どうして、こんなことをしたんだ?」


「我の許可なく、勝手に死んだからだ。お前が死んでは、我のご飯を作る者が居なくなってしまう」


「そんな理由で、タイムリープなんてさせるなよ。……神様って、ほんとなんでもありだな」


 クロはぱっと見、人間の女の子にしか見えない。しかしその実、彼女は本物の……神である。故にタイムリープくらい、できてもおかしくはない。


「……実際、そうでもないのだがな。今の我にできることなんて、本当に瑣末なことだけだ。今回も我の力というより、我と繋がっているお前の後悔が、引き起こしたことだしな」


「……後悔って、言われてもな。確かに俺は後悔したけど、その程度でどうにかなるほど、世の中甘くはないだろ。……いくら神様に、寄生されてるからってさ」


 去年。俺は命をかけて、この神様を助けた。そしてそのせいで、こうして神様に寄生されることになった。だから色々とおかしなことを見てきたつもりだが、今回は流石に度肝を抜かれた。


 何せ、タイムリープだ。


「ま、あんまり深く考えん方が良いぞ? 生き返れて、ラッキー。くらいに留めておいた方が、混乱せずに済む。……まあ実のところ、我も状況をほとんど把握できていないしな」 


 なんせ、未来のことだ。と、クロは笑う。


「……そうかもな。まあなんにせよ、助けてくれてありがとな」


「よいよい。それより腹が減ったから、早く朝ご飯を用意してくれ。我、焼肉が食べたいぞ?」


「分かったよ、今日は特別に、朝から焼肉作ってやる。だから先に、リビングで待ってろ」


 そう言って優しく、クロの頭を撫でてやる。するとクロはご機嫌な様子で、るんるんとしながら部屋から出て行く。


「ふぅ」


 クロが部屋から出て行ったのを確認してか、倒れるようにベッドに寝転がる。


「タイムリープ、か」


 そんな話、簡単には信じられない。でもだからって、ギャーギャー喚いても何も変わりはしないだろう。目の前にある現実は、どんなものであれ受け入れるしかないのだから。


「ゲームやアニメだと、こういう時は決まって無様に慌てふためく。俺はあれ、嫌いなんだよ」


 なので努めて冷静に、これからのことを考える。


「……1ヶ月前、か」


 つまり、今日の放課後。俺はいじめられていた紗耶ちゃんを、助けた。……きっと俺は死ぬ時、そのことを後悔したのだろう。



 だから1ヶ月前に、戻ってきた。



 ここで彼女を助けなければ、あんな結末を迎えることはなくなる筈だから。


「やっぱりまだ、実感が持てないな」


 現実が現実的なことだけで回っていないと、俺は既に知っている。けれどタイムリープなんてものを、簡単には信じられない。


「……でも確かクロが力を使うと、それ相応の代償を払わないといけなかったような……」


 でもタイムリープの代償って、なんだ? 想像することもできないが、俺の命程度じゃ足りなさそうだ。


「クロに聞いて……も、分かんねーか。あの神様は、ポンコツだからな」


 まあでも、それはいずれ知ることになるだろう。だからやっぱり、今の問題は……。


「紗耶ちゃん。どうすっかな」


 いじめられてた彼女は、確かに可哀想だと思う。……でも自分を殺した人間を助けようと思うほど、俺はお人好しではない。


「…………」


 ……でも彼女は、泣いていた。見ていられないくらい悲しそうな顔で、彼女はただ……泣いていた。だから俺は思わず、彼女を助けてしまった。


「ま、いっか」


 考えてみると、考えるまでもないことだ。だからさっさと立ち上がり、着替えて台所に向かう。


「わーい。美味い!」


 そしてバカでも本物の神様に、余っていた安い豚バラを大量に食わせて、いつもより2時間近く遅い時間に家を出る。


「もうかなりの、遅刻だな。でもまあ、一度出た授業なんだし出なくてもいいか」


 そう呟いて、学校とは反対の方向に歩き出す。

 

「……本当に、過去に戻ってるんだな」


 外に出ると、それをより強く実感する。梅雨のジメジメとした空気が消えていて、春の澄んだ空気が広がっている。今はどう考えても、春だ。


「風が心地いいな」


 受け入れがたい事実を再確認するように、ゆっくりと街を見て回る。それはどこか間違い探しのようで、少しだけわくわくしてしまう。


 そして気づけばあっという間に、放課後。いじめられていた紗耶ちゃんを見つけた時間に、なってしまう。



「ま、余計なことは、助けてから考えればいいか」



 だから俺はまた、彼女を助けに1年2組の教室に向かう。



 そうして、ヤンデレ少女を救う為の長い長い戦いが、始まった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る