第23話 急展開
リゼットに走り去られてしばらく茫然としていた奏は、突如王宮内に響き渡った轟音に仰天する。一瞬、また地震なのかとヒヤリとする。
部屋の天井から剥がれ落ちた欠片が落ちてくる。それほど振動は大きく、異常事態を物語っていた。
(リゼットが暴れているわけないよね)
さすがにそれはないだろう。いくらリゼットが突飛な性格でも王宮を揺るがすほどの剛腕の持ち主ではない。
何が起こったのかは分からない。様子を見に行くべきか奏は迷う。
「カ、カナ、カナデ様―――!!」
尋常ではない叫びに奏が部屋の入口から外に顔を覗かせると、リゼットが足をもつれさせながら走ってくるところだった。
その表情は飄々としたリゼットからは考えられないほど青ざめている。
「リゼット! 何があったの!?」
「い、いますぐきて下さい!! ゼクス様が死んでしまいます!!」
「王様がどうかしたの!? ちょ、ちょっとリゼット、そんなに引っ張らないで!」
リゼットは何の説明もせず奏の腕を掴むと疾走しはじめる。奏はリゼットの勢いに押されて走っていたが、バランスを崩しそうになるほど引っ張られてたじろぐ。
「急ぐから落ち着いて!」
「す、済みません。取り乱してしまって」
リゼットをこれほど動揺させる何かが起こっている。それは先程の轟音と関係してそうだが、今は考えている場合ではない。とにかく先を急ぐしかないだろう。
最近の仕事の忙しさは尋常ではない。朝から執務室に籠り、書類に目を通していたゼクスは、流石に疲れを感じて仕事の手を止める。
ゼクスは机の端に積み上がっている書類にうんざりとする。大抵はくだらない内容であるのだが、奏に関係する内容であるため捨てることもままならない。
これでもゼクスに渡された量はごくわずかだ。事前に処分された量を考えれば嘆いていてはいられない。
(面倒ばかりだ)
奏の処遇について貴族達を黙らせ続けることは、そろそろ限界だろう。
しかし、最善の手はまだ思いつかない。
それでも奏を犠牲にすれば済むと思っている輩の思惑に手を貸すつもりは毛頭ない。いつまで国の現状を維持できるかは不明だが、急げば問題が解決するとは思えなかった。
(さてどうするか……)
騎士団から上がる報告では、地震が発生する間隔はとくに変化がないようだ。
(動かないならそれでいい)
ゼクスは消極的すぎる自覚を持っていたが、奏のことを考えるとそうせざるを得ないのだった。
こちらの都合で勝手に召喚しておいて、国のために尽力することを当たり前のように押し付けるなど、傲慢なだけだ。
奏のことだから事情を説明すれば協力を惜しみはしないだろう。けれど、出来れば国の事情に関わって欲しくないというジレンマがゼクスを動けなくさせている。
ゼクスはリゼットを想うように、奏に対しても情がわいてしまっていることに気づいていた。
国の存続を思えば浅はかな考えではあるだろう。
ゼクスは平和な日常がいつまでも続くことを願ったが、それはすぐに破られることとなる。
執務室の外から複数の慌ただしい足音が響く。
「何事だ!?」
ゼクスが誰何すると同時に乱暴に扉が開かれ、伝令の騎士が信じられないことを告げる。
「ゼクス様! 異世界人が召喚されました!」
「何!? それはどういうことだ!!」
「わかりません。いきなり召喚門から現れました」
召喚には幾つかの条件を満たす必要がある。その一つが召喚門だ。召喚門は召喚された人あるいは物が現れるとされている古代から存在する遺物である。
奏が召喚されたすぐ後、召喚門がある部屋は厳重に閉ざしたはずだ。
「誰が召喚の儀式をした!?」
「不明です。貴族達が押し寄せてきています。パトリス団長が押し留めていますが、長くは持ちそうにありません」
ゼクスはギリッと歯を食いしばった。貴族達がどこから嗅ぎ付けたかは知らないが、事態はかなり切迫している。
ゼクスは伝令に促されるように執務室を出る。そこへ息せき切ってリゼットがやってきた。
「ゼクス様―――!」
「リゼット。お前の相手をしている暇はない」
「カナデ様が大変なのですよ!」
「カナデが? 悪いがそれどころじゃない」
奏のことは気になるが切迫した事態に相手をしてはいられない。
「何かあったのですか?」
ゼクスの焦りを感じ取ったリゼットの表情が硬くなる。
「リゼット、お前も来い」
場合によってはカナデを呼ぶことになるかも知れない。そのためにも状況を把握しなければならなかった。
ゼクスは王宮に地下に存在する召喚門へと急いだ。
王宮の地下、とくに召喚門の存在は一部の人間にしか知られていない。普段は召喚門を監視する騎士が数人配置されているだけであるが、ゼクスが召喚門にたどり着いた時には、埋め尽くされるほどの人数でごった返していた。
貴族と騎士が睨み合い、押し問答を繰り広げている。
「お引き取りを!」
「騎士の分際で! 異世界人が召喚されたのだろう! 邪魔をするな!」
「王の許可がない以上は通せません!」
「そんなもの必要ない! 我々が異世界人を保護するのだ!」
貴族達の言葉はゼクスの怒りを爆発させる。
「そこをどけ!!」
ゼクスは一喝した。茶番に付き合っている暇はない。
「なぜここにいる? お前たちを呼んだ覚えはない」
「あなたのかわりに我々が行動を起こしたまでです」
貴族を代表した人物がゼクスに答えた。ゼクスは一瞥すると騎士団に命令を下す。
「捕らえろ」
「了解しました」
ゼクスの命令に騎士達は迅速に行動を起こす。驚愕して逃げようとする貴族達を次々と捕縛する。
「こんなことが許されるはずが!」
往生際が悪い貴族が抵抗をするが、ゼクスは眉一つ動かすことはない。次々と捕縛されていく貴族を後目にゼクスはパトリスに状況を聞く。
「様子はどうだ?」
「どうやら言葉が伝わっていないようで、近づくことができません」
「言葉が伝わらない?」
「何を言っても興奮させるばかりで」
パトリスの説明によれば召喚門から現れたのは女性だという。突然のことに驚いているだろうと言葉をかけたが、返事が返ってくることはなく、不思議な言葉を叫びながら逃げ惑っているらしい。
近づこうにも興奮しているようで手が付けられないという。だからと言って拘束するわけにもいかず、召喚門のある部屋を閉ざして、ゼクスの到着を待ちわびていたようだ。
「会ってみるか」
「危険ですから出来るだけ近づかないようにしてください」
「危険?」
「カナデ様より力が強いようです。近づいた騎士がなぎ倒されました」
「そうか」
危険は承知だ。ゼクスはパトリスに頷くと部屋への扉を開いた。
部屋の惨状にゼクスは眼を見張る。至るところに陥没したような跡がある。召喚門に至っては、ほとんど崩れてしまっている。どれだけ暴れれば、これほど破壊されるというのだろうか。
(どこだ?)
ゼクスは辺りを見回す。異世界人と思われる女性の姿は見えない。それほど広くもない部屋だ。隠れる場所など限られている。
「ゼクス様。あの女性では?」
「リゼット。少し離れていろ」
部屋の隅に積み上げられた瓦礫の影から、こちらを窺うような視線が向けられている。金髪の小柄な女性が怯えた表情でゼクスを凝視していた。
「危害を加える気はない」
ゼクスは敵意を感じさせないように呼びかけた。言葉は通じていないというから無駄かもしれなかったが。
ゼクスはゆっくりと近づく。途端に女性は瓦礫に身を隠した。
『────!』
女性が叫び声を上げる。聞いたこともない言葉だが、ゼクスは拒絶の言葉と理解する。
「いつまでそうしているつもりだ?」
女性が身を隠している瓦礫の山は今にも崩れ落ちそうだ。あまり時間をかけていられそうにない。拒絶されていることはわかっているが、何もせずに手を拱いている場合ではないのだ。
ゼクスは考えた末に多少強引だか、真正面から女性に近づいて行く。リゼットの制止する声が聞こえたが無視する。
「そこは危ない」
ゼクスが近づく気配に気づいた女性が身じろぎをした。とたんに瓦礫が崩れ始める。
それに気づいて女性が飛び出してくる。ゼクスは咄嗟に手を伸ばして捕らえようとしたが、触れる手前で女性の手に振り払われる。
衝撃が走ってゼクスは吹き飛ばされた。壁に打ち付けられて一瞬意識が飛ぶ。
「ゼクス様!!」
『───!! 』
リゼットが駆け寄ってくる。
口の中が切れたのか血の味がした。ゼクスは顔をしかめて口元を袖で拭い、起き上がろうとして膝をつく。
ズキリと胸が痛む。どうやらあばら骨が折れたようだ。
「リゼット。カナデを呼んできてくれ」
「ゼクス様の手当が先です!」
「いいから行け!」
その直後、ゼクスの叫びと呼応するように轟音が響いた。
ドン! ドン!
リゼットは顔を強張らせて後ろを振り返ると、女性が握りしめた拳を床に打ち付けていた。
破壊された床を目の当たりにしてリゼットは恐怖を覚える。このままではゼクスに危害を加えられるかもしれない。
「ゼクス様! カナデ様を連れてきます! 待っていてください!」
この女性は騎士団でも抑えることはできないだろう。言葉も通じない状態で唯一望みがあるとすれば、奏の存在だけだ。
きっと奏ならこの状況を打破してくれる。リゼットは後ろ髪を引かれる思いで奏の元へ走った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます