世界終末時計

クーイ

世界終末時計

 明かりの落ちた施設に、男の鼻歌が響く。清掃用具の詰まったカートを押し、ゴミ箱を探しながら施設内を闊歩する。

 ここは某国の出版社。主に学術雑誌を取り扱い、世界的には”ある時計”で有名な会社であある。

 ここの雑誌では年に一度、その時計の残り分数を表紙として取り上げ、人類に警鐘を鳴らす。「終末時計」である。気候変動や紛争、科学技術の進歩など、人類を破滅に導かん事象を鑑みて、人類滅亡までのリミットを4分の1の時計に表すのだ。もちろん、それが時計として動作することはない。

 終末時計はあるデザイナーの発案で、出版社が採用した。文明の終焉というセンセーショナルな記事を作成することで国内、ひいては世界から注目され、社には膨大な資金が舞い込んだ。時計の針が24時に近づけばそれだけ購買意欲を煽り、より売り上げが伸びた。

 高らかに響く鼻歌は、その部屋へ近づいていった。扉を開けると、わずかな光が分針を照らす。男の目的は、あくまでこの部屋の掃除である。残り1分30秒となった時計を横目に、埃を集めていく。男は地面以外を見ないようにしていた。埃を見つけてしまえば仕事が増えるからである。合理的な清掃により、今日も男は早めに仕事を終えた。

 翌日、出版社は全社休日であった。出勤するのは清掃員である男のみである。守衛にカードを見せ、清掃員控室へ向かう。

 清掃員とはいえ、大会社である。男は、いつもの澄ました顔で作業着を着る。ルートはいつも通り。昨日清掃したとはいえ、ある程度汚れは溜まっているものである。男は普段の手つきで最後の部屋に辿り着いた。

 終末時計は、今日もそこで残り時間を示している。男はそれを見ることなく、その部屋を後にしようと扉に手を掛けた。

 何か胸騒ぎがして、ふと時計を一瞥する。針は天辺で静止し、幾ばくの残り時間も示してはいなかった。

 昨日はいつも通りであった。全休のその日、出社したのは彼だけ。すると、時計を動かしたと疑われるのは男である。しばらく瞬きをして、時計に近寄る。ふう、と一息ついて、男は分針と秒針を過去に戻した。恐らく、自分が何かを引っ掛けて針を動かしてしまったのだ、と思いながら、男は社を後にした。

 仕事を終えた男の頭の上、遥か遠くの宇宙に、巨大な隕石が青い星を捉えている。地球の半分ほどもある岩の塊は、他に目もくれず一心に地球を目指していた。

 文明が姿を消すまで、残った時間はわずかであった。

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