きさらさんのクマ屋
麻々子
ピンクのクマ 1話
きさらさんはクマのぬいぐるみのお店「クマ屋」のオーナーです。お店のクマはみんなきさらさんがつくります。
型紙を切りぬいて、どんな色のクマをつくるのか、どんな顔にするのか、おもいのままのクマをつくることができました。
お店のかざりだなには、いたずらっぽい顔をしたクマや、にこにこ笑っているクマ、泣きそうな顔をしたクマがすわっていました。
こんなクマをつくってほしいというような注文も受けつけます。洋服だっていろんなものをつくります。着物をきたくま。水着のくま。ドレスのくま。ヘビーメタル系のギターをだいたクマもいました。
お店には、きさらさんのほかに、ミューミューというねこがいました。
ミューミューは、茶色のふわふわした毛でおおわれていました。いちばんながい毛が顔のまわりをつつんでいて、ライオンみたいなねこでした。
ミューミューは迷いねこでした。きさらさんがお店をオープンさせたその日の夕方、きさらさんが買い物から帰ってくると、お店のドアの前でちょこんと座っていました。
きさらさんが「あら、どちらさん」といってドアを開くと、そのねこは当然というようにお店に入ってきました。その時、きさらさんは、変な感覚を覚えました。それは、まるで魔法使いが魔法の杖を振り回した時のようでした。
「ぼくは、ミューミューっていうんだ」
ねこがしゃべり出しました。
「まぁ、私、魔法にかかっちゃったみたい」
きさらさんは、にっこり笑いました。
「ぼく、家がないんだ」
「そうなの」
「ここにいてもいい?」
「もちろんよ」
その日から、きさらさんとミューミューは、同居を始めることになったということです。
冬の光が、きさらさんのお店にいっぱいはいっています。
きさらさんがねこのミューミューに「今度はどんなクマをつくろうか?」とそうだんしていました。
「強いクマがいいんじゃないですか?」
ミューミューがこたえました。
「どうして?」
「だって、きさらさんのクマは、みんな弱っちく見えるんだもん」
「そうねぇ」
きさらさんは、そういえば、強そうに見えるクマはつくったことがないなぁと考えてしまいました。
そのとき、お店のドアをあけて女の人が入ってきました。
「いらっしゃいませ」
「こちらは、きさらさんの『クマ屋』ですか?」
「はいそうです」
「ああよかった。わたしに、クマをつくっていただきたいんですが……」
「はい、どんなクマがよろしいですか?」
「わたしに初めてのまごができたんですよ」
「それは、おめでとうございます」
「それで、その子にプレゼントするクマがほしいんです。やさしいかんじのクマはつくれるでしょうか?」
「やさしいクマですね。はい、つくってみます」
「それでは、よろしくお願いします」
お客さんはそういって帰っていきました。
きさらさんは、さっそくやさしいクマをつくりはじめました。
「やさしい、やさしい、クマねぇ」
クマをつくる、もけもけの布をひろげて、きさらさんは考えました。
「やっぱり、やさしいクマは、ピンクかしらねぇ。ミューミューはどう思う?」
ミューミューは、作業台の上にひろげられたピンクの布の上に、とびのりました。そして、ライオンのような顔できさらさんを見上げました。
「やっぱり、弱っちいクマですか?」
「やさしいクマなんだからいいじゃない」
「そうですよね。お客さんがそれでいいというんだから、ぼくが出しゃばることはない。ピンクでいいんじゃないですか?」
「やっぱり、おまえもそう思うよね。よし、決まり。ピンクのクマにしよう」
きさらさんは、それから「やさしいクマ、やさしいクマ」と思いながらクマをつくっていきました。
ピンクのクマができあがると、さっそく注文をしたお客さんにれんらくしました。
お客さんがやってきました。
「これが、できあがったクマです」と、きさらさんはピンクのクマを見せました。
すると、お客さんの顔がくもってしまいました。
「ごめんなさい。このクマはほんとうにやさしいかんじですが、わたしのまごは、男の子なんです。ちょっとピンクは……」
「そうですか、では、つくりなおします」
そういいながら、きさらさんはこのクマをななめ上に持ち上げて見てほしいなぁと思っていました。ななめ上に見ると、クマの目と人の目がぴったりあうようにつくられていたのです。
目が合うと、もっともっとやさしい顔だってことに気づいてもらえるのになぁ、ときさらさんは、ちょっと残念でした。
「いえ……、あっこれ、これ」
お客さんは、ちんれつだなにかざってあった茶色のクマを手に取りました。
「これで、いいわ。せっかくつくってもらったのに悪いけど、このクマをいただくわ。いいかしら?」
お客さんは、そういって茶色のクマを買って帰っていきました。
「こんなにやさしい顔をしているのに、ピンクだというだけで買ってもらえないなんて、おまえもかわいそうね」
きさらさんは、ピンクのクマをななめ上に持ち上げていいました。
「うん。おまえはほんとうにやさしそうな顔をしているわ。買われないでよかったかもしれないわ」
きさらさんは、ピンクのクマをお店にかざらないことにしました。いっぱいクマをつくってもほんとうに気に入るクマがつくれるのは、ごくわずかです。それも、手元にのこるクマはほとんどありません。きさらさんは、このクマは自分のへやにかざろうと思いました。
ミューミューはそんなきさらさんを見て、「ピンクのクマなんて、へん!」
といって、すねて丸くなってねむってしまいました。
夕食の時、きさらさんはピンクのクマを向かいのイスにすわらせ、はなしかけました。
「名前をつけなきゃね。うーん。なににしようかな」
きさらさんは、てんじょうを見上げていろんな名前を口にしてみました。
「くま太郎。ちょっと古くさいかな。クー。単純すぎるわね。やさしいは強いことだっていう人もいるし……。レオンっていうのはどうかしら? レオン。うん。これにしよう。ね、レオン、わたしといっしょにここにいようね」
ミューミューがきさらさんを見上げています。でも、きさらさんはレオンだけにはなしかけ、にこにこ笑っていました。
ミューミューは、きさらさんはぼくよりピンクのクマが好きなんだとちょっと悲しくなりました。
その夜のことです。
ミューミューが、レオンにはなしかけていました。
「ピンク。ピンク。ピンクのクマなんて、なんて弱っちそうなんだ」
「きさらさんが、やさしくつくってくれたんだから、ぼくは弱っちくってもいいです」
「なんだ、おまえしゃべれるのか?」
「はい。きさらさんが気持ちをこめてつくってくださったから、ちゃんとしゃべれます」
「きさらさん、きさらさんって、なれなれしくいうな」
ミューミューは前足でつんつんとレオンをつっつきました。
「あ、そんなことをしたら、きさらさんにいいつけますよ」
「なにを、これでもくらえ」
ミューミューは、前足でパシッとレオンをはたきました。
「いてっ」
レオンはポトンと、たなからころげおちてしまいました。
朝、目をさましたきさらさんは、レオンがすわっていたたなの上に、ミューミューがちょこんとすわっているのに気づきました。レオンは、ゆかにころがっています。
「ミューミュー、なにをしたの!」
きさらさんはとびおききました。
おどろいたミューミューは、たなからとびおり、走ってへやを出ていきました。
「ミューミューに落とされたのね。かわいそうに」
きさらさんはレオンをだきあげ、たなの上にすわらせました。
「ミューミュー、どこにかくれているの、レオンをいじめちゃだめでしょう?」
きさらさんは、ドアをあけてミューミューをさがしましたが、どこにかくれたのか、かげもかたちもありませんでした。
きさらさんは、ふーとため息をついてつぶやきました。
「やっぱり、もっと強いクマにしないといけないかしら。強いクマねぇ……。やさしくて強い……。そうだ」
きさらさんはいいことを思いつきました。クマにするいろんな布のなかから、毛足のながい布をえらび、ちくちくと針を動かしはじめました。
「きっとミューミューはびっくりするわ」
きさらさんは楽しくなってきました。
「ほら、これでライオンみたいになったわ」
レオンは毛足のながい布を頭のまわりにつけてもらい、たてがみのついたライオンのようなクマになりました。
「今度、ミューミューに落とされそうになったら、ガォーッってほえてやりなさい。わかった」
きさらさんは、レオンにいいました。レオンもにっこりほほえんだように見えました。
真夜中、ミューミューが足音をしのばせてきさらさんのへやに入ってきました。音もなくたなの上にとびのります。
と、同時に
「ガオー」
ほえる声がきこえました。
「ヒェー」
ミューミューが、きさらさんのベッドの下に突進してきました。
きさらさんは、ベッドの下をのぞきこみました。ミューミューが小さく小さくなってこちらを見ています。
「どうしたの? ミューミュー。レオン、強くなったでしょう。たてがみのあるクマさんだよ。ミューミューといっしょだよ。だからもういじめちゃだめよ。わかったでしょう」
きさらさんは、きさらさんが出した「ガオー」という声にこわがって、小さくなっているミューミューがおかしくて、笑いがとまりませんでした。
まどからちらちらふる雪が見えました。
きさらさんは朝からしていたくしゃみが、ますますひどくなったようにかんじました。
「いやだ。かぜをひいたのかしら」
背中もぞくぞくしだしました。
「もう、今日はお店を閉めてねてしまいましょう。ミューミュー、今日は、もうお店はおしまいよ」
きさらさんがそういうと、ミューミューは「はあい」といって、まどのかざりだなからぽんととびおりました。
お店をしめたきさらさんは、ご飯も食べずにねてしまいました。
ミューミューは心配そうにきさらさんのベッドにのぼり、顔をのぞきこんでいます。
きさらさんは、からだがあつくなっておでこに冷たいタオルをのせたいと思いました。けれど、からだが重くて動かすことができませんでした。
顔をのぞきこんでいるミューミューに「あしたになったら元気になるからね」というと目の前が暗くなってしまいました。
しばらくすると、きさらさんは自分のあつい息で目をさましてしまいました。ふう、ふうと苦しい息をはきだしていると、話し声がぼんやりきこえました。
「どうしよう。どうしよう。きさらさんのおでこがとてもあついんだ。何かしなきゃ、きさらさんが死んじゃうよ」
ミューミューの声です。でも、だれと話しているのか、きさらさんにはわかりません。
きさらさんはまた頭がくらくらしてくるのをかんじました。
そのとき、きさらさんのおでこに冷たいものがあたりました。それはとてもやわらかく気持ちいいもで、きさらさんはそのままスーッとねむりに入っていくことができました。
あついなぁと思うとまた冷たいものにかわりました。何回も何回もかわったような気がします。
朝になると、きさらさんの気分もすっきりしていました。きさらさんはゆっくりからだをおこしてみました。
おきられそうです。
きのうの夜、おでこに冷たくて気持ちのいいものが置かれたから、ぐっすりねむれたんだと思いました。
「あれは、なんだったんだろう」
ミューミューが、きさらさんを見上げています。
「ミューミューがのせてくれたの?」
きさらさんはきいてみました。
ミューミューは「そうですよ」と胸を張りました。
「そうなの。ありがとうね。でも、あのふわふわしたものは、なんだったの?」
ミューミューは、知らん顔をしてちらちらとゆかを見ています。
きさらさんがゆかの上を見ると、そこにレオンがころがっていました。
「ミューミュー、また、レオンをいじめたの?」
きさらさんはベッドからおりて、レオンをだきあげました。レオンの手にさわると、レオンの手がぬれているのに気づきました。
「あっ、あれはレオンの手だったのね。ありがとう。でもどうして手を冷たくすることができたのかしら……」
へやを見わたすと、露でぬれたまどガラスに小さい手のあとがいくつもつけいていました。丸いかたちとねこの手のかたちです。
「ああ、あの手がたは、ミューミューとレオンのものね。手をまどガラスにおしつけて、冷たくしてくれたのね。冷たかったでしょうに……」
きさらさんはレオンとミューミューをバスタオルでつつみこみました。そして、ありがとうとぎゅっとだきしめました。
レオンとミューミューは、ライオンのようなたてがみをからませあいながら、タオルのなかで「元気になってよかったね」とにっこり笑いあいました。
了
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