第23話 化け物か天才か


「――なぜだ!? なぜ、この程度のこともできない!」


 憤っていたのは王タブリスだった。

 顔を真っ赤にして怒号を上げ、周囲の人間を威圧した。

 横には宰相。

 その横には五賢者クズールとアイリス。

 そして王の眼前には数十人の細工師や鍛冶師が佇んでいる。

 ここはリベンハイン城の魔術研究室の一画。

 鍛冶や細工に必要な道具が揃えられ、木箱にはメタルの欠片が入っていた。

 メタルの欠片を手に王はさらに激昂する。


「この程度の金属をなぜ壊せない! 貴様らは職人であろうが!

 溶かすなり、砕くなり如何様にもやりようがあるだろう!」


 力任せに地面にメタルの欠片を投げる王。

 それは勢いよく弾き飛び、壁まで転がる。

 メタルには傷一つなかった。


「王のおっしゃる通りだ! 国中から集めた貴様ら職人は、金属魔術の素質があるはず!

 なぜメタルの破壊どころか、傷つけることさえできない!」


 職人たちのぶこつですり切れた手を見ればわかる。

 彼らは決して無能ではないことは。

 渋面を浮かべる職人たちは、誰もが拳を握っていた。


「できるわけがない」


 誰かが言った。

 顔にはいくつも深いしわが刻まれた、熟達の職人だった。

 白髪で筋骨隆々。齢は七十を超えるであろう顔立ちに、鍛え上げられた肉体は妙にあっていた。


「なんだと……?」


 宰相がギロリと老職人をにらんだ。


「できるわけがないと言った」

「一体どういうつもりだ? 不敬罪で処断してもよいのだぞ」


 王の怒りは宰相の怒り。

 王と宰相はまったく別の顔立ちであるというのに、まったく同じ感情を宿していた。

 国家の頂点である王に睥睨されても老職人は動揺しない。

 老職人は口腔を動かしつつ、王が投げたメタルの欠片を手にした。

 そして近くの木箱から黒い金属を掴むと王と宰相に見せつけるように手を伸ばした。


「これは世界で最も固いとされるアダマンタイトだ」


 老職人は魔力を手元に集めた。

 魔力光は手のひらを多い、そしてメタルへと伝わる。

 ピキという小気味いい音とが部屋に響いた。

 しばらくの発光の後、魔力は消え失せた。

 王と宰相は怪訝そうに二つの金属を交互に見た。

 アダマンタイトには綺麗な亀裂が一つ走っている。

 対してメタルはというと。


「変わっておらんではないか」

「そうだ。最高硬度を誇るアダマンタイトを破壊するほどの魔力を流しても、メタルは微塵も傷つかない」

「……ふん、それでは他の者に任せればよいであろうが」

「儂がこの中で最も魔力が多く、金属魔術にも鍛冶技術にも長けている。

 他の連中も何度も試させたが結果は同じだ」

「バカな! グロウとかいう金属魔術師はメタルドラゴンを破壊せしめたのだぞ!

 それがこの程度のメタルの欠片さえ破壊できないだと!?」

「儂が知る限り、金属魔術の素質がある奴や金属魔術師をしている奴で儂を超える魔力を持つものは知らん。

 それに、現役の金属魔術師なんぞ、ほぼおらんことは周知の事実。

 職人の中には、そのグロウとかいう若者がやったことをできる人間はおらんぞ」

「な、なんだと!? ではあの下郎にしかできない芸当であるというのか!?」


 王は驚きよりも怒りを先に抱いたようで、体を震わせながら額に青筋を立てた。


「……本当に、そんな芸当ができる人間がおるとは思えんがな。

 儂らはただの金属を相手しているだけだ。だがそいつは動く金属の魔物である『メタル』を相手に金属魔術を使ったのだろう?

 金属魔術は尋常ではないほどの集中力が必要だ。

 魔力発生、感知、操作、伝達。圧倒的な繊細な作業が必要だ。

 それを戦いの最中に行うなど、人間業じゃない。もしもそれができたとしたら――」


 老職人は他の職人たちの顔を見回した。

 誰もが肩を竦め、嘆息し、そして馬鹿らしいという顔をしていた。


「――金属魔術の天才。いや、化け物だな」


 言葉を失いただ老職人を睨む王と宰相。

 その時、けたたましい足音と共に複数人の魔術研究員たちが現れた。


「何事だ!」

「し、失礼いたします! 先ほどメタルの分析が終了したしましたのでご報告に」

「申せ」


 端的に答えた宰相に、魔術研究員たちは慌てて数枚の羊皮紙を取り出した。


「あ、あらゆる魔術を試しましたが、メタルを破壊することも、傷つけることもできませんでした!

 金属全体に魔力を帯びており、魔術を相殺するようで……」

「もうよい! 役立たずばかりではないか!」


 王の憤りを受け、研究員たちは怯んだが、しかしその場にとどまった。

「ま、魔術は効果がありませんでしたが、メタルの分析を継続しましたところ、強い魔力反応を内部から感知しました!

 これは魔晶果以上の魔力の分泌が認められ――」

「端的に申せ!」

「は、は! メタルは高魔力の媒体として扱える可能性が高いです!

 魔術に必要な魔力を軽減し、あるいは簡易な呪文で魔術を発現することも可能になるかもしれません!

 魔術技術の底上げに繋がり、より強力な大魔術を使うことも夢ではないかと!」

「な、なんだと……? そ、それはつまり」

「メタルがあれば確実に我が国の魔術は大きく発展します!」


 魔術師一人で兵士百人以上の兵力に相当する。

 歴戦の魔術師であれば千を超え、五賢者ともなれば万の域に達する。

 それは大魔術の規模を鑑みれば、火を見るよりも明らかだった。

 軍事力は国力。

 魔術国家であるレーベルンにおいては魔術師は重要な存在であった。

 その魔術師をより強化できるとなれば。

 王は動揺を隠しもせずに研究員に怒鳴った。


「メタルドラゴンの身体から取れた、メタルはいかほどだ!」

「ほ、ほぼ砂粒になっていましたので、まともな欠片は……我らが所持している二つと、そちらの木箱に入っているだけです」


 王は慌てふためき箱の中を確認した。

 手のひら大の欠片が三つ。

 そして先ほど王自身が投げた欠片と研究員の渡した分を合わせ、六つの欠片があるだけだった。

 圧倒的に数が足りない。


「探せ! あのグロウという金属魔術師をさっさと探せぇぇぇっ!!!!

 決して殺すなよ! あやつ以外に高度な金属魔術を使える者はおらぬのだからな!

 丁重に扱え! なんなら多額の報酬を与えても構わん!」


 アイリスが慌てた様子で言葉を紡ぐ。


「で、ではグロウ殿の指名手配は」

「解除だ! 協力させるため対応には気をつけよ!

 金属魔術師だろうが関係なく敬意を見せるのだ! よいな!?」

「「「はっ!」」」


 そこにいた全員が敬礼した。

 アイリスは胸を撫でおろし、小さく笑みを浮かべる。

 その表情は賢者の彼女とは違う、少女然とした感情によるもの。

 旗から見てもわかるほど、友人、あるいはそれ以上の人間に向けられた親愛がそこにはあった。

 アイリスの笑顔を横目に、クズールはギリっと奥歯を鳴らした。

 宰相をはじめとした側近たちは、跳ねるようにその場から走り去っていく。

 王はギロリとクズールをにらんだ。


「貴様の責だぞ、クズールッッッ! 弟子の才も見抜けず追放するとは!

 この愚か者がッ! さっさとあの金属魔術師を連れてこい! できなければ貴様は極刑に処す!」


 立ち去る王。

 コツコツという音が消え去ると、ギリと独特な音が部屋に響いた。

 クズールの顔が歪む。

 激昂という言葉では生ぬるいほどの怒り。

 それがクズールの顔にまざまざと現れた。

 目は吊り上がり、歯が過剰に噛み締められていた。

 様相はまるで獣。


 三度。

 アイリスの目の前で。

 玉座の間で。

 そして今まさに。

 三度も侮辱された。

 エリートである五賢者が。

 それもすべてグロウのせいだ。

 わかりやすいほどの憤怒は妄執となりグロウへと向けられた。

 因果応報であるという考えはクズールには微塵もなかった。

 クズールの胸中にあったのはグロウへの殺意だけだった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る