第22話 胸糞良い


「………………なんだと?」

「て、手を放してください。お願いします」


 村人たちはカタリナに賛同するように頭を下げた。

 信じられない。

 こいつらはバカなのか?

 脳みそがないのか?

 想像力のない人間なのか?

 悪人を放置すればどうなるか子供でもわかる。

 それなのに見逃せというのか?

 理解できない。

 あまりに愚かすぎる。

 いや……そうじゃない。

 俺はぐっと奥歯をかみしめ感情を抑制した。

 こいつらは……!


「自分たちは殺されないとでも思っているのか?

 それとも……俺がまた助けてやるとでも思ってるのか?」


 善人の皮をかぶったクズなのか。

 俺はカタリナを睥睨した。


「ち、違います! グロウ様にはすでに何度も助けていただいてます……。

 それを当たり前だなんて思ってませんし、また助けてもらえるとも思っていません!

 それに……わかっています。その人を見逃したら、また来るって。

 殺されるかもしれないって、わかってるんです」

「じゃあなぜ」

「あたしたちのために……グロウ様に人を殺してほしくないんです」


 …………は?

 なんだって?

 今、こいつはなんて言った?

 良心の呵責でも、想像力の欠如でもなく。

 ただ俺の手を汚したくないから?

 そんな理由で、自分たちを殺しに来るかもしれない奴を見逃そうとしてるってのか?


「あ、あたしたちは普通の村人です。人を殺すなんてことできないし、したくないです……。

 でもグロウ様に殺してほしいとも思わない。だから――」

「――だから見逃せって言ってるのか?」

「……はい」


 バカだ。アホだ。頭が悪すぎる。

 簡単なことだ。殺されそうな相手がいるなら、殺してくれそうな相手に殺してもらえばいい。

 一言、殺せと言ったら俺は殺した。

 そりゃ何かを要求はしただろうが、死ぬよりはましなはずだ。

 それが、手を汚させたくないから?

 自分たちも殺せないから?

 だから見逃せって?

 馬鹿だ。大馬鹿だこいつらは。


 商人は窒息寸前だった。

 死にかけの人間の顔は何度も見ている。

 後、数十秒もすればこいつは死ぬだろう。

 俺が少し手を加えても死ぬだろう。 

 死んで当然の悪党。

 こいつが死んで喜ぶ人間は沢山いても、悲しむ人間なんて大していないだろう。

 殺すべき相手だ。そう思った。

 だが……俺は力を緩めた。


「ごほぉっ、げほっ、はあ、はあっ!」


 商人は何度も咳をしつつ涙を流していた。

 俺は商人の背中を蹴りつける。


「失せろ。次にその顔を見たら殺す」

「ひぃぃーーーーーーっっっ!!?」


 捨て台詞も言わず、商人は馬車に乗った。


「忘れものだ」


 俺は気絶した賊たちを小手のロープで掴んで、馬車に強引に乗せた。

 馬は必死に踏ん張り、馬車を引く。

 商人は慌てふためきながら、悲鳴を上げつつ村を後にした。


「あ、ありがとうございました!」


 全員が俺に頭を下げてくる。

 嫌味の一つでも言いたかったが、俺は嘆息するにとどめた。


「脅したはしたけど、ああいう奴は学ばないし反省しない。また来るぞ」

「は、はい。それまでにできることをしておきます」

「……例えば?」


 俺の言葉にカタリナたちは顔を見合わせた。


「え、と……そう! 木の柵を作っておくとか!」

「おお! いい案じゃな!」

「防柵があれば賊も入ってこれんのぉ!」


 あまりに短絡的、平和ボケした言葉に俺は頭を抱えた。

 防柵があったらどうというのか。

 一瞬で壊され、蹂躙されるだけだ。

 浅はかすぎる。

 ああ、こいつらはバカだ。

 理解力はあるんだろうが、楽観的過ぎるし、知識も経験も技術もない。

 そしてあまりに人として真っ当で、善人過ぎる。

 なんてバカなんだ。

 ……でも。

 俺もバカだ。


「金貨十枚」

「え?」


 きょとんとする村人たち。


「次に賊が来た時の防御策と対応策を教えてやる。ついでに戦闘に関してもな。

 殺さなくても戦う術はいくつもある。その指南料と一か月の護衛料として金貨十枚だ」

「グロウ様がいてくださるのならありがたい!」

「うむうむ! あ! し、しかし儂らには金が」


 俺は小手から伸びた銀の糸を手繰り寄せた。

 その先には、大量の金貨の入った袋がぶら下がっている。

 金貨十三枚を取り出すと、残りをカタリナたちに放る。


「カタリナを助けた分を含めた報酬は前払いでもらった。

 そっちは今まで商人が搾取していた分だ。それで大体足りるだろ」

「で、でもこれは――」

「取り返したのは俺だけど、その金はおまえたちが得た正当な報酬だ。

 村で得た金なら村のために使うのが当然だろ」

「グロウ様……あ、ありがとうございます! 大切に使いますね!」


 大切にというか、あれだけの金額があれば別の場所に引っ越すことも可能なのだが。

 これ以上は村人たちが考えることだ。

 俺はカタリナたちを助け、報酬をもらった。

 十分な対価を得られたと言えるだろう。

 それに……。

 笑顔のカタリナや村人の顔を見て、俺は小さく口角を上げた。

 気分も悪くなかった。

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