第79話 敗北をめぐる戦い

「なんだ、つまり、俺の迎えは必要なかったのか!」


 ラカーン王国━━


 黄金宮殿の一級来賓室には、護衛を一名だけ従えたリシャールがいた。


 この部屋の天井作品・・・・は『風に舞う花』であり、水に乏しいラカーン王国ではありえない、色とりどりの花弁が柔らかく風にもてあそばれ、青空を舞うさまが描かれていた。


 その真下にはぽつんと円卓が一つきりあって、その入り口より遠い側には、招いた側であるバルバロッサと、王宮で生活をしているアンジェリーナが隣り合って座っている。


 バルバロッサは普段の自信満々な笑みを浮かべてはおらず、なんとも苦々しい、気まずそうな顔をして、リシャールを横目で見ていた。


「……まったく、参った。思い返すだに恥ずかしく、こうまでひどい恥辱は人生で二度もなかろう。この真の王たる俺のプロポーズを、『年齢が』とかいう理由でばっさり断りおったのだぞ! そんなやつがあるか!」


「ここにあるが」


「少し黙っていてくれ。頼むから」


 口を挟んだアンジェリーナだったが、バルバロッサにお願いされたので素直に引き下がった。

 かわいそうなことをした自覚はあるのだ。


 御前試合はまだ少し先だが……


 その時には衆目の前でバルバロッサ、あるいはオーギュストに負けを認めさせなければならない手筈になっているらしい。


 戦略的勝利ではあるのだが、望んだものではなかった。

 せいぜい『女を斬れないと言うなら、それを盾にし、剣がにぶればこちらにも勝機があるかも』ぐらいの想定だったのだ。

 まさか『戦うことさえできない』とは……


 そこまで卑怯なことをするつもりもなかったので、アンジェリーナはちょっと反省している。


 ラカーン王国側にはどこか沈痛な空気が漂っているが……


 来賓として招かれたリシャール王子は、その空気さえもが面白いらしい。

 長い黒髪を震わせ、肩を揺らし、笑っている。


 黄金の瞳はさっきからアンジェリーナを捉えていて、これが奇妙に心の底まで見通すような感覚があり、微妙に居心地が悪かった。


「ミス・アンジェリーナ。しかし、大した行動力だ。俺が父上から正式な書面をとり、玉璽を使わせるために四苦八苦していたら、一人で事態を解決してしまうとは! いや、本当に予想ができなかった。見事だ」


 黒い手袋に包まれた手を打って、リシャールは大喜びしている。


 バルバロッサはうざったそうに「ええい」と言い、


「貴様も『婚約の目、なし』と宣言されたのだぞ!? なにをそれほど嬉しそうにする!? 貴様とてアンジェリーナに求婚していたそうではないか!」


「ん? ああ、ないのは『恋愛』の目だろう? ……ミス・アンジェリーナの、その特殊な感覚だと受け入れ難いかもしれないが、貴族の結婚に恋愛感情がからまないというのは、よくある。俺は気にしないさ」


「……花をより艶めかせるのは、恋だと思うがな」


「バルバロッサは相変わらずのロマンチストのようだな。昔からなあ。こいつは惚れっぽい。というかおそらく、最初から女性全員に本気で惚れていて、しかし普段はそれを耐える節度を持っているのだけれど、能力だとか、心根だとか、そういうものがちょっとでも『ある量』を超えると、一瞬でプロポーズまでいく。そういうやつなんだ」


「貴様と対面したのは十度もないと思うが!? なんだその正確無比な分析は!?」


今回は・・・これで七度目だな」


 リシャールは肩を揺らして笑い、


「ああ、そうだ、ミス・アンジェリーナ。そういうわけで……ドラクロワ王からラカーン王に正式にあなたの返還を求めさせることに成功した。なので、このまま俺について国に帰ることもできるが……」


 そこでようやく自分が答えてもいい話が来たと判断したので、アンジェリーナはこのように述べる。


「せっかくなので、オーギュストを待とうと思う」


「あなたならそう言うと思った。……ところでバルバロッサ」


「今度は俺か。なんだ」


「御前試合なのだが、俺の席を用意してはくれまいか?」


「……居残って見物すると言うならば、それは国賓として扱うが」


「いやいや。そうじゃない。闘技場の方に欲しい。つまり、お前やオーギュストと剣を交えたいと、そういう話だ」


「は?」


 バルバロッサが固まった。


 リシャールは形のいい唇をクイッとゆがませ、


「政治的に、ラカーン王国王子とドラクロワ王国第二王子が、ラカーン王の御前で戦う━━そういう席に、俺も絡んでおきたい気持ちがある」


「……そういえば、王位継承権争奪戦をしていたのだったな。……まさか本当に王位をとるつもりなのか?」


「俺の国には、貴国のような差別はないよ」


「……」


「だいたい、ミス・アンジェリーナのお父上も黒髪だ。というか、クリスティアナ領に限っていえば、あえて髪の黒い者を婿に迎えている様子さえある。あそこはあそこで、なにかしら『黒』に特別な意義を見出しているのかもしれないが……まあ、それは今はいいだろう」


「むう……」


「そして、そしてだ、バルバロッサ。ここが大事な話なんだ。聞いてくれよ」


「なんだ……」


「あなたとオーギュストが、ミス・アンジェリーナの見守る先で剣を交えるのだろう? ━━仲間外れにするなよ! そんな楽しそうな催し!」


「…………貴様は…………本当に…………」


「弟と違ってミカエル殿を相手にしたりというようなことはなかったが、これでも剣術試合において俺は無敗なんだぞ! 招かれる資格は充分だろう!?」


 リシャールが身を乗り出す。


 バルバロッサはため息をつき、


「……そもそも、御前試合というのは不定期に開催されている催しだ。この国において『今、自分がどのぐらいの位置にいるのか』を確かめることの意味合いは大きい。つまり━━アンジェリーナに敗北するのはやむを得ないが、俺も剣をとる以上、隣国王子に負けるわけにはいかんのだ」


「つまり?」


「加減はせぬぞ」


「そう来なくてはな! つまりこれは━━アンジェリーナに負ける権利を賭けた、二国三王子による決闘というわけだな!」


「そうなる」


「はははは! 楽しくなってきたな! なんだこの展開は!」


 本当にそう。


 再び『聞き』にまわったアンジェリーナは、男どもの話し合いを見てため息をついた。


 こいつら、どうして我に負けるためにこんなに一生懸命なのだろう……


 帰国前に約束されたひと波乱に、アンジェリーナはため息をつく。


 偶然にも、遠くの故郷では、母エレノーラもため息をついている最中だった。

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