第37話 愛され系少年

 エミールが帰ったあと、オーギュストは「ありがとうございます」と礼を述べてから、


「エミールのことをおまかせしてしまって、申し訳ありません」


「あれは、どう考えても、オーギュストと遊びたがっていたように思えるが」


「そうでしょうね」


 オーギュストは肩をすくめた。


 アンジェリーナは目を細める。


「わかっていながら、突き放したのか」


「……冷たいと思われるかもしれませんが……エミールは、ちょっと僕の方をひいきしすぎているんです。しかし、ここ『水の都』は政治的中立都市だ。領主一家も、王位継承権を持つ者に対して中立でなければならない」


「理屈はわかるが……」


「アンジェリーナ。君は、わかっていない」


 オーギュストが真剣な目をしている。


 アンジェリーナは思わず声をつまらせ、身を引いた。


「な、なにをだ……?」


「エミールは……かわいすぎるんですよ」


「………………うむ。まあ、そうだとは思うが」


 長い金髪。細い体。くりくりした青い瞳。

 そこらの美少女と呼ばれる者らよりよっぽど美少女という表現を冠すべき少年……それがエミールに対する印象だった。


 だが、その話がどういう……?


 オーギュストは目を閉じ、


「エミールが水の都で一言呼び掛ければ、水の都の全員が従います」


「は?」


「冗談のような話ですが、昔、そういうことがあったのです。……王たる者のもっとも重要な素養を『臣下が心から命令に従いたくなる魅力』だとするならば、エミールの王としての素質は、僕よりも、兄さんよりも上なのです」


「……」


「そのエミールと水の都で仲良く歩いている姿を見かけられれば、エミールと仲のいい僕に支持が集まるでしょう。それは卑怯だと思いませんか?」


「しかし『祭り』で遊ぶのなら、仮面をつけるのだろう? わかるか?」


「わかります。というより、まさにエミールの才覚の一端を示す恐ろしい出来事が起きたのが、三年前の祭りの時期なのです」


「なにがあった」


「祭りの出店が半壊しました」


「なにがあった⁉︎」


「エミールは僕にくっついて、いろいろなものをねだりながら歩いただけなのです。ところが行く先行く先、出店の店主が商品のすべてをエミールに捧げる事件が起きました」


「そんな馬鹿な」


「僕もそう思います。エミールはただ、出店で気に入った店で商品を購入し、感想を述べ、店主に礼を述べただけです。たったそれだけで歴戦の商人がひざまずき、涙を流しながら平伏し、感動して財産を差し出す姿は、おそろしいものでした」


「……」


「なので、エミールを連れ歩くわけにもいかないのですよ」


「その役割を我に投げたのか」


「まあ君は世間の評判があまりよろしくないですし、エミールの評判のよさと相殺できるのではないかという狙いもあります」


「……」


 ひくついた笑みを浮かべていたアンジェリーナが、途中から真顔になった。


 それは話のありえなさに引いているから━━というのもあったが。


 思い至ることがあったのだ。


「なあ、オーギュスト。ひょっとして、エミールは、その当時、なにか……おかしな・・・・もの・・を身につけてはおらんかったか?」


「おかしなもの? うーんと……日除けの防止、仮面、護身用の短剣、変装用の船頭のシャツにズボン……靴は木製でしたか……ああ、仮面は『水の都』の領主一族に伝わるものでしたね。それが?」


「魔道具かもしれん」


「……仮面が?」


「それが魔道具である可能性は高かろう。他の物の可能性もあるが、とにかく……その『愛されすぎる現象』は、精神に作用する……闇属性の魔法の込められた魔道具の可能性がある」

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