第20話 大盛の雨と飯盛のひと時
「
「そうだな」
「
「こりゃ、どうしようもできないな」
滝つぼへ迷い込んだような豪雨の中、某赤いコンビニの駐車場で進退窮まった私はデミオの中で足を投げ出してしまっていた。
辛うじて色で信号の存在は認識できるが、その光は危険だ止まれと訴える。
「最悪、ここで野宿かな」
「
「でも、山の中で事故を起こすとお巡りさんやらに迷惑かけるからなぁ」
頬杖をつくようなスペースもない中で、唸る雨脚に耳を傾ける。
どうしようもないという諦観で塗り潰された車内は、今や冬色に染まろうとしていた。
思い返してみても、既にグリーンロードの出口辺りからまともに進める状況でなかったのは事実である。
「
「引き返すも何も、もうフェリーも終わってるから無理だ。進むしかないぞ」
互いに声を張り上げなければ耳に届かないほどの雨は、どうやら遠慮という言葉を知らないらしい。
視界は二十メートルもあるのだろうか。
後ろの車が頻りに煽って来ようとも、この状況では速度を高めることなど不可能である。
「あ、後ろの車、追い越していきましたね」
「少し脇に寄せられる場所があれば、譲ってあげられたんだけどな。気持ちは分からんでもないが、こればっかりはどうしようもないんだよなあ」
限られた視界を頼りに起伏の激しい道を進む。
雨さえ上がれば朝には絶景を拝めるのだろうが、果たしてその景色を楽しむ余裕と悶々としたものを下手に抱えてしまった自分とのどちらが勝つのか読めないでいる。
そして何より、かすかに雨脚が弱まってきている。
「
「ちょっとだけ頭を過ったけど、そのまま進もう。この辺で土砂災害が起きたら逃げ方が分からないし、このまま雨が落ち着いてくれれば何とか長崎までは行ける」
「そうですね。それじゃあ、もう少し頑張って進みましょう」
隠そうとしていたはずの不安が思わず口から素直に出てきてしまう。
おかしいなと自分の頭を軽く小突いてから、視界不良の山道の闇へとさらに踏み込んでいった。
その結果がこの立ち往生なのであるが、努めて呑気に構えるようにしながらあまり笑える状況でもなかった。
グーグルマップで位置を確認したところ、どうやらちょうど窪地に当たるようでこのまま雨が降り続けば高台へ避難する必要がある。
しかし、避難しようにも色々な意味で先の見えぬ雨である以上、無理をして押し切ってしまえば事故の元である。
「
「あ、気付いたか。どうやらあまり高くはなさそうだから、水没する可能性がないとは言い切れない」
あっけらかんと返したところで、雨を切り裂くデミオの叫びが轟く。
叫んだところでどうしようもないのだが、同じく落ち着いたところでまたどうしようもない。
洪水の可能性は未知数だが、少なくともそれを彷彿とさせるだけの雨の弾幕が展開されている。
「
「流されたらめでたく水陸両用車にランクアップだな」
「冗談じゃありませんよ、水没したら僕は……」
いつもは底抜けに明るいデミオの声が少し曇る。
胸が痛むところではあるが、構わずにスマホとのにらみ合いを続けながら情報を集めていく。
「
「うん、まだ雨は続きそうだが、少しはましになりそうだから視界が少し回復したところで前に進もう」
「え、そうなんですか」
「雨雲レーダーの様子と天気図を見る限り、合間を縫えば何とか進めそうだ。それなりの雨量のようだからゆっくり進むのは変わりなさそうだが、無事に長崎までは辿り着いてやるさ」
精一杯の空元気で返しながら、落ち着いて天候を見定める。
ここに体力の問題がくっついてくる時間帯ではあるのだが、それを気力で持たせるより他にない。
「良かった。
「そりゃ、お前さんにはまだローンが残ってるからな。ここで走れなくなったら私が困る」
詭弁である。
少なくともまだデミオと一緒に走って目に収めたい景色が山のように在る中で、その思いごとこの子を見捨てて山の中へ逃げるなどできないのだが、それを言うにはちと恥ずかしい。
それでも、嬉しそうにしている鳴るエンジン音を耳にすれば、少しだけ救われるような気がする。
「
「ああ、これなら進めるけど、ちょっとだけ待ってくれ」
「どうされたんですか、お手洗いとか」
「いや、ちょっとガムだけ買ってくる。眠気覚ましが欲しい」
急き立てられるようにして追い出された私は、濡れ鼠になりながらデミオの許へと戻っていく。
信号の姿がはっきりと認識できるようになったことを確かめ、同じく雨宿りをしていた車を見送ってから、再び国道へと身を乗り出した。
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