魔法省人事録(5)

雷の化身。そう呼ばれた魔族がいた。その強さは魔族の中でも群を抜いていた。


「…あぁね。あれがそれなのね」


そしてロベルトは気づいた。目の前にいるあの狼こそ雷の化身だと気づいた。


一方俺ことロディはロベルトの独り言に気にすることなく、単身ラルゲイユスに近づこうとする。


(あの狼に遠くから魔法を打っても意味がない。雷で掻き消されるのなら近づいて)


しかしそれを許すまいとあちこちから稲妻が湧き出てくる。


「クッソ!こんな量の雷、どっから出てきてやがる!?」


『驚いたか人の子よ、我が無限の力を思い知れ。そして恐れよ。雷の化身を』


「ちょくちょくこっちの声聞いてんのか、どこまでも…」


雷が四方八方からやってきた。俺は本を開く。魔力の使い方次第では本の特定のページ数を開くことは容易だ。


問題は…


「イ"イ"イ"ッ"」


所詮本は本なので魔法の発動は遅いということだ。これも全て素手でも杖でも魔法の適正がなかった結果なのだ。本使いとかそうそういるものでもない。


致命傷にこそならなかったが雷を受けてしまった。おかげで全身が痺れるがどうにかラルゲイユスの全身の姿がはっきりと見える位置にまでこれた。


「喰ら……」


俺は自称雷の化身に有効と思える結晶の魔法、魔力が持つエネルギーを結晶化させた物を放とうとする。


その結晶は具現化されれば青く、反射する鏡のような物となる。結晶、正確には雷を通す通さないの物質の話で通らない物の一つと聞いたことがある。


この鋭利な結晶で奴の体を貫けば…と長々と考えていたわけだった。


だが俺は見誤っていた。あの空飛ぶ狼が雷しか使えないと思っていた。雷を使うだけでこの強さなのだ。もう他にないと思っていた。


「は…」


だがラルゲイユスの頭部に雷が集中したかと思うと次の瞬間、それは触ることのできそうなほどの形を作った。


先が尖って、赤く輝く。まるでそれは剣のように。


「ぐ…」


そしてまた次の瞬間にはラルゲイユスは目の前に現れ、その頭部を横に振るう。備え付けられた剣は横に払われていく。


(これが本気か…クソっ!)


本気というものを考えていなかった。ラルゲイユスの剣捌きは速く、正確に命を奪おうとしてくる。


こちらに攻撃させる隙を与えさせてくれない。おまけに他の人達が助太刀で打つ周りから飛んでくる魔法もラルゲイユス自身が持つ雷で弾け飛ばしていた。


雷の剣の攻撃は本から発動される魔法による防御を上回ろうとしていた。本が焼き切れることはないが、本体たる俺は事切れること間違いないだろう。


(一旦体制を立て直して…)


と思ったその時だった。俺は剣ばかりに気を取られていたことが仇となった。


周りを無数の稲妻が取り囲んでいた。遠くからロベルトの声が聞こえる。「逃げろお!」と叫びながら手に紫の光を放つ魔法を発動させようとしていた。


けれど遅い。稲妻は俺を徐々に追い込むように来ていた。


『人の子よ、お前は周りの者より強かった。だがこれで終わりだ』


ラルゲイユスがそう囁くと雷は消えた。


『…何?』


これにはラルゲイユスも辺りをキョロキョロと見回している。俺は何もしていない。ロベルトが急いで駆け寄ってくるのが見えた。


「やばいやばいやばいロディ。無茶しすぎてやばいなお前。俺でもさすがに無理だよこれは」


ロベルトは茶化すようにそう言ってくる。それより雷を消してくれたロベルトに感謝を…


「ありが…」


そして俺は気づいた。いつの間にか雨が降っていないことに。雷も一つたりともないことに。


「…消えた賢者の跡継ぎ。かのヴェルムートで産まれた賢者はエネルギーを作り出ス魔法を得意としていた」


ロベルトは言った。


「で、こっちはエネルギーを操る魔法を得意とする。名前はメアリー、智者と俺は呼びたいね」


ロベルトは言った。空に浮かび、集められた稲妻と雨水を束ねた球体を掲げる少女に向かって。


探していた少女はすぐそばで、ラルゲイユスと対面していた。




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