第166話 過去のおはなし(2)
「どう?動けるようになった?」
少女の声通りなのか、私は実際に指を動かしてみる。関節はしっかりと縮んだり、伸びたりをするためどうやらある程度体の自由が
効けるようだ。
「まぁ、一応…」
「そう、良かった。多分少量の毒が少しずつ体に蓄積していってこうなったんじゃないかな?」
「…一応ありがとう、治してくれて。後は大丈夫」
「あ、待って」
立てるほどまで回復したので、そのまま立ち去ろうとした時、少女が呼び止める。
「さっきの答え聞かせて」
「さっき?」
「どうして自分の事をどうでもいいなんか言ったのか」
「あぁ…なんでだろうね。分かんない」
「……そうなんだ」
少女は何も言わなくなった。立ち去っていいという合図と見て足早に路地を出ていった。
翌日
いつもの酒場に辿り着いた私だが、今日は少しテンションは低めな結果になりそうだった。
あの少女がいた。かなりだだっ広い酒場だが、席を立っている彼女は私にとって異色の存在だった。よってそのまま立ち去ることを心に決め、酒場を後にする。
「……どういうつもり?」
だがふと気づいた目の先には彼女が座っていた。何かの魔法の魔力を感じさせなかった。
「いいから座って。私の奢りでいいからさ」
「……」
奢りという言葉に反応して私は隣に座る。
「私と同じ年頃の人がいなくてさ…お酒はこの国だとどの年齢でも飲めるって聞いたけどやっぱり私は駄目だね」
「はあ…」
何が言いたいのか分からず、曖昧な返事をする。
「あなたはお酒好きなの?」
「…あんまり」
「そうなんだ。私と同じだ」
少女は笑顔でそう言ってくる。何がおかしくて笑っているのだ?
「それで何の用?昨日の礼をしろって言い出すつもり?」
私は要件を聞くべく、少女にそう言うと少女は手を横に振りながら
「まさか、そんな事ないよ」
「へぇ、じゃあ何なのさ」
「単純に私とチームにならない?冒険者同士の」
「は?」
何を言ってるのかさっぱりだ。見た目からして冒険者かなあとは思っていたが。
「なんで私?他にたくさんいるでしょ」
「それはそうだけど…でもどうせなら同じ歳ぐらいの女の子が良いなあって。私この街に来たの始めてだから」
「好き好んで来る奴なんかいない。こんな街」
「そうかもね。なにせ魔王軍の幹部がこの辺りにいるって噂らしいし」
「分かってんじゃん。一番良い方法はこの街を出…」
「でもそれを分かってるあなたはどうしてこの街にいるの?」
少女は鋭い問いを投げかけてきた。
「…それ関係ある?別他人事じゃんそんなの」
「そうだけど…でもあなた結構この街にいるっぽさそうだし、長年住んでるからには何か思い入れがあるのかなあって…あ、飲み物何がいい?」
「…ジュース。その赤いの」
目の前のメニュー表の事を言う。
「あ、じゃあ私も!」
少女は軽快にそう言うとやって来た店員に笑顔を向ける。
「ないよ。理由なんか」
「理由ないの?」
「そう。何か悪いの?」
理由。それがなければ駄目なのかと正直苛立ってしまう。
「悪いわけじゃないんだけど…私からしたら不思議で」
「じゃあそっちこそどうしてこの街に?」
「私は…長くなるけど」
そう言うと少女は一息区切りをつけ
「私ね。冒険者ギルドの魔王軍討伐隊の隊長だったんだ」
「へぇ、驚き」
これは心から思って言っていることだ。目の前の少女が討伐隊の隊長。実力主義の冒険者ギルドはこの少女に何を見出したのかが気になる。
「それで…大勢の人達が魔王に襲われて命を落としてることを知って…それで討伐の期間が終わって、今この国で一番危ないって言われてる街に来たの」
「この街の人達を救うために一人で?どうしようもないでしょ一人だったら」
「そうなの。だからもう一人、パートナーが
欲しいなって…」
それで最初に戻るわけか。
「それで私に?にしてもよくこの酒場にいるって分かったね」
「昨日のあの人達が酒場で何かしてた事を大声で叫んでたから。この辺の酒場ってここにしかないから」
あぁ、あの時か。確か酒場の人間に金を渡したどうのこうの…って…
「その人は問題を起こして今はここにいないよ」
考えを見透かされたのか先にそう答えてくれる。
「…私の知らない事ばかり知ってるね。君は」
少しばかり皮肉を込めたつもりだったが、意に介さずというか
「ここの人達は皆優しいから。聞いたら教えてくれたの」
「へぇ、優しいねぇ…」
それは表面上取り繕った優しさではないかと心の中で毒づく。目の前の少女は実力こそあれど人の優しさを信じて、止まらなそうな節がある。無論昨日のあの荒くれ者達を見ているのも含めて全部が全部そうではないはずだが。
「それであなたはどうなの?私のパートナーになってくれる?」
「へ?あぁ…」
はっきり言って一匹狼でいるほうがずっと気楽なはずだ。目の前の少女とは気が合わない。
「別にすぐじゃなくても大丈夫。私いつも朝は冒険者ギルドにいるから。あ、自己紹介やってなかったね」
少女は今更感を出しながら笑顔で私に言う。
「私はベラドンナ。ベラドで結構だから。やろしくね。えっと…?」
「……アナリス」
「良い名前、よろしくアナリス」
ベラドンナは握手を求めた。
その日をそこそこに私はアパートに帰る。ベラドンナは別のアパートらしく、名前の自己紹介を済ませたすぐ後に別々に別れることになった。
「…………」
そして時間を気ままに過ごして夜。真っ暗な夜。部屋は暗いままだ。
冒険者ギルドの貸しアパート。小さい一部屋に寝床を作ればスペースは僅かしかなくなる。残りは料理どころや簡易トイレなどで部屋のほとんどが埋められていた。
「なんで……」
月明かりが今夜はなかった。物音がしない静かな空間にただ横たわるだけだった。
孤独は好きだ。一人は常に落ち着いていられる。けど…静寂は嫌いだ。常に不安にさせられる。
音が常に欲しいと思っていた。それこそ魔物やらの鳴き声でも良かった。水の音でもいい。何か…
「なんだか寂しいや。もう嫌になってくる…」
一人で自分を元気付けるつもりが逆効果な事を言ってしまった。
世間一般的にこういう状態を不安定症などと言うらしい。いわゆる鬱状態。
「…あの時、死んでたらどうなってたと思う?…分かんないよね。そりゃあ死後の世界がどうなのか分からないし」
何故だか今日は眠れない。こうやって独り言を呟くばかりで眠気がまったくない。
「…………朝だ」
結局一睡もできずに朝を迎える羽目になった。冒険者という生活のためのかなりの重労働。これを不眠でやるのはかなりきつい。
「…やば、フラフラする」
足元がぐらつきながらも部屋を出た。
身だしなみをある程度は魔法その他で整え、
ギルドへ向かおうとする。ギルドの貸しアパートだけあってすぐ近くにあるのが楽だ。
「……眠すぎマジで」
顔を水に漬けたが今になってやって来た眠気がまーったく取れない。そのせいか朝日が余計眩しく感じる。
「……おい!そこ危ないぞ!」
通行人が私に向かってそう言ったその瞬間、馬車がすぐ後ろを通り過ぎる。
「大丈夫かよあんた?」
「平気」
通行人の心配を他所にそのまま歩き始める。あまり心配されたり気を遣われたりするのは好きじゃない。
「…………あ」
その時、二階建て白いレンガ造りの冒険者ギルド横にいる人物に目が行く。あのシルエットは間違いない。
「…あ!アナリスこっち!」
「…ハァー!」
私は盛大に息を漏らしながら彼女に近づいた。
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