第157話 もう一つの事件(5)
「あらぁ、派手にやり合ってるわねぇ」
「ハァ…ハァ…」
カノンは息を切らしながら剣を握る。
「…人の命を何だと思っているのか聞かせてください」
「へえ?」
「すみませんやっぱいいです。あなたにとってはどうでもいい事ですよね」
「はあ?気持ち悪いわよあんた…」
ザクッ!斬った感触を感じながらリヴリーを横切る。どうやら話をして油断させるのはうまく行ったようだ。
「なあに?そんな猫騙し効かないわよ?」
しかしリヴリーは背中から生やした触手で攻撃を防いだようだ。
「魔素が効かないのはなんでかな?正直者の騎士さんなら答えてくれるわよね?」
「……」
「えぇ?何?」
「嫌です普通に。答えたくないです。すみません」
「あらそ、なんだかムカつくわねその態度、前みたいに嬲ってあげる」
「はあ」
私はぶっきらぼうに返事をするとリヴリーは鞭のように背中の触手を波打ちながら近づかせてくる。
「前のようには斬れないわよ」
リヴリーは自信げにそう言う。確かに前とは違い、かなり厚みと鋭さが増してるようだ。
「はあ」
「何よノリ悪い」
「いや…あの、私早く終わらせないと…あなたが出した魔物が残ってるので」
「………は?何言っちゃってんの?気持ち悪い」
「あなたに言われたくないですけど」
次の瞬間、フッと目の前から彼女の体が消える。
「私が…私が…気持ち悪い?この美貌が?100年経っても変わらないこの美貌が…?」
後ろにいるのだろう。声がする。魔王の幹部というのはやたら後ろを取りたがる傾向にあるようだ。
「違うんですよ。美貌とかそう言うのじゃなくて…あなた元人間なんですよね?なのに今は罪のない人を殺す触手生やした魔物じゃないですか」
私は体の左側にある腰のホルスターに剣を入れるような形で背後にいるであろうリヴリーを突き刺す。気配と魔力探知だけでやったが、どうやら急所を突いたらしい、動かない。
「…ッッ!ゴミが!」
そう言われた直後、剣を引き抜き、そのまま右に居合斬りのように一閃をひろげる。
「…はあ…?」
いまやリヴリーの右腕は肘から下が消えている。
「前まであなたを人間だと思ってました。でも今のあなたは魔物と変わりありません。
なので…」
私は彼女を睨みながら強く発する。
「容赦しません…!」
リヴリーはその瞬間、右腕を傷口からウネウネと生やすと背中の触手をこちらへと差し向ける。
「…ダメダメ、イライラしたら……に悪いわよ。これから……があの最高にイカれてクールな…のフフ」
そう言うと手を上にかざす。
次の瞬間、緑色の液体の入ったフラスコが数十個落ちてくる。
「早〜く終わらせる」
パリンパリンパリンパリン
次々とフラスコは破裂していき、中から謎のモヤが出てくる。
(毒ガスかそういう類いの…吸ったら駄目ね)
謎のモヤは大気中に広がる。可能な限り息はせずに近づく。
「うふふふ」
リヴリーは笑いながら触手をこちらへ差し向ける。
「さあ!死ね!」
触手は思いっ切りこちらへと飛ぶように伸びてくるがこの時を待っていた。攻撃に徹した今、彼女の背後はガラ空きだ。
「…スッッ…![残影]」
グシャアッ!
鈍い音、無理やりに断ち切ったと言うべきだろうか。
一瞬にして距離を詰める。その際に無数の残像が切り込みを入れる。凄まじく痛い突風となって広範囲を斬り刻む。
周りの木々は私の動きに合わせて、ザザーッと横に揺れる。
私は背後を見て様子を確認する。首から腰にかけて斬り捨てたつもりだった。
「…ッ!」
しかしその異様なまでの光景を見て驚愕する。さっき私は彼女を人間じゃないと言った。
だが本当に人間をやめていたとは。
「知ってる?私って100年以上生きてるの。元人間なのに。魔族やらエルフやらドワーフやらの力を奪いながらここまで生きてるの」
リヴリーは変わっていた。黒い目から赤い目に、ところどころに深淵となった皮膚、完全には同化し、腕まで覆った触手。
「神聖ラルス帝国、アディティウム王国、
ベジリア連合共和国、ミディアン連邦。100年前まで存在していた国はどうして滅んだのかしらね。私より生きた馬鹿な魔法使いはラルス帝国を滅ぼせなかったわけのに」
「禁忌中の禁忌の魔法。それを使ったんですか…」
その時、また彼女の体が変化した。触手と同化した腕からさらに触手が生えている。
「前は魔素が足りなくてできなかった。魔素は魔力に対する物だって言われてるけどそうじゃない時もある。毒も薄めれば薬なのと…」
フッと周りが暗くなる。いや、違う。巨大な何かの魔物だ。牙と闇が広がる口腔のみを持った異質の魔物が眼前を覆っている。
「同じなの…ウフッ」
リヴリーは笑いながらその魔物の口を開かせた。
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