第152話 東京駅(2)
通路の横に位置する東京駅のトイレ。そのトイレの男子トイレ側からまだ物音が続いていた。
ヒカルが先陣をきっていく。その後を俺がついていく形だが…
慎重に中へと足を進める。緑色のガスが多少だが薄くなったその時だった。
バン!
突然、個室トイレのドアが開き、中から人が出てくる。
「…あぁ、なんだよクソッ!俺の人生…!」
「…ほえ?」
「…え?人…?」
そこから現れたのはサラリーマンらしき青年の男性だった。きちんと締められた黒いネクタイと黒のスーツ姿は就活生を思わせる。顔には青い縁のメガネをかけており、白のマスクをしている。
「…ってなんだよそれ!」
その男性はこちらを見てぎょっと目を見開く。緑色のガスは構造上の関係か、ここまでは来ていないようだが。
「…あ、やべ」
ヒカルは何かに気づいたのかそう漏らす。何もかもが異常な状況だが…ヒカルの手にはがっちりと拳銃が握られている。
「…えっと長くなるんですけどぉ、僕達犯人とかそういうのじゃなくてぇ」
「な、君達子供だろ?それにどこでそんな物騒な拳銃を…?ガスマスクも付けてるし」
「予備のマスクも一応ありますよ」
そう言うとヒカルは黒のトートバッグからガスマスクを取り出す。これはここに来る前、謎のあの男からバッグ事渡された物だ。
中には二つのガスマスクが入っている。
「…?そうなのか…ってならないだろ。大体君達は一体…?」
「説明すると長くなるんですけど…たまたま拾った物で人助けしてるって思ってください」
ヒカルは面倒くさそうに頭を掻く。
「…?え?拾った?大体助けは?」
「この駅全体が終わってるんで時間かかります。あと…このガス、皮膚に浸透するんで早めに出ないと終わります」
「…そうなのか?何はともあれ助かったと?」
「そういうことです…マスクしてたのは運が良いですね」
「あぁ、そうなのか…な?」
その男性は何やら戸惑ったような表情をマスク越しにしたように見えた。次の瞬間、耳に手を当て、マスクを外す。
「…火傷」
「この火傷が救ってくれた。僕の命を…」
「そうなんですか…」
ヒカルとその男性の会話に俺は思わず割り込む。それまで一言も話さなかった俺に男性は手短に話してくれた。
「…2ヶ月前くらいだったかな。三重県の新鉄四日市駅で火事にあったっぽくてね。あまり覚えてないんだけど火災現場近くの生き残りは僕一人だけだったらしい」
「それって…」
ヒカルは驚いたのか目を見開きながらそれを聞き入る。俺は何か記憶に引っかかるようなもどかしさを感じたが、段々とそれが繋がりハッとなる。
三重県の新鉄四日市駅…この火事は魔王の幹部の一人がしでかしたもののはずだ。まさか…その被害者がここにいるとは…
「仕事も顔のせいで失ったし、それで新しい仕事を見つけてここに来たらこのざまだよ。ニューヨークへの旅行も頓挫しちゃったしさ。あーあ…」
「そうですか。でも大丈夫と思いますよ」
「え?」
ヒカルの淡白な言い分にその男性はポカンとする。ガスマスクのシュコーという空気音をきっかけに再びヒカルが話し出す。
「まだ生きてるんですから。死んでないでしょ?やり直せますよ」
「やり直せる…か。良い事を言うね。でもそのガスマスクは他の人にあげてほしい。まだ他に生きてる人に」
「いいんですか?」
「あぁ」
「…………」
その後は静寂がしばらく続いた。やがてヒカルはその場を後にする。
「え?どこ行くの?」
「駅の反対側。早くしなきゃその分人が死ぬから」
「でも目の前の人は…」
「いいんだよ。いいから早く来て、というか来い」
ヒカルの有無を言わさぬ口調に釣られ、俺は後に付いていく。後ろを見ると悲しげもなくただ穏やかな顔をした青年がそこにいた。
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