第146話 使命

2022年 9月15日 日本標準時

午後1時2分

東京都 千代田区 霞ヶ関 東京駅前八重洲通り

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「ひどいな…」


田村雅俊は目の前の光景を見て思わずそう口を漏らしていた。緑色のガスが東京駅を包んでいる光景は300m程先にあった。


「物騒な世の中になったもんだな。こんな大事、5年に1回程度がいまじゃあ1ヶ月に1回はあるもんだ」


隣に立つ中谷も空を見つめ、そう口にする。確かにここ2ヶ月間で全てが変わった気がする。思えばニューヨークが全ての始まりの可能性がある。


「…これもあいつらのせいか?俺達が追っている奴らの…」


「さぁな。日本の警察は優秀だ。俺がそうだったから分かる」


「お前が入っていた公安と一般の警察はちょっと違ってくるぞ。最も俺は防衛省上がりの者だがな」


「そうか。それより俺達が捕らえなれなかったあの子供達…」


「あぁ、あれか…」


中谷はそう言うと視線を下に向ける。そして目の前の点字ブロックにコツンと足をぶつけると


「アメリカが顔をバラしたな。凄惨な事件の犯人だって。それに米軍との共同作戦もやってのけた。それが正しいかは分からんが、俺達の上の奴らは焦りすぎてる。そう安々と民間人に中身のない情報をバラしていいもんじゃない。安易に混乱を招くだけだ」


「説明不足が過ぎるってのは俺も同感だ。彼らはどう見ても未成年者だった」


「あいつらが人の顔を被った化け物かもしれないが?」


「そうかもしれない…だが…彼らは人間だと俺は思う。彼らは顔がバレたことで世間から最も注目される謎多き人物となったはずだ…けれどもし…」


「もし…なんだ?」


「彼らは普通の暮らしをしたいのであったら…彼らがこの世界に来たくて来たわけではなかったら…我々は過ちを犯したことになる」


「…どうしたんだ?お前、あの日の事か?確かに俺はあの時…だが」


「あぁ、分かるさ」


そう言い終えると顔を下げ、あの日の光景を思い浮かべる。突如として浮かび上がった自分の体、対象的に海へと落ちていく車を見て何を思ったか。もしかしたら自分は…彼らに助けられたのかもしれないと薄々感づき始めていたのかもしれない。しかし見当違いという言葉はずっと頭の中に付いてきている。 


「まったく…自分勝手なものだ……な……」


「……?どうした田村?顔が引き攣ってるぞ、おい」


「……」


「おい!どこ行くんだ!?急にどうしたお前!?」


後ろで叫ぶ中谷を振り切り、走り出す。確かに今見えた。今のは間違いない。


「おい!歩道は赤だぞ!」


中谷はそう言うが、俺は大通りを渡ろうとする。


何台もの車が右からやって来ている。できる限り早く、邪魔にならないように渡ろうと足を急げる。幸いにも事件のおかげで右からの車、東京駅方面からの車は少ない。


中央分離帯に一旦止まり、左車線を見る。東京駅方面に向かう車道、中央区からやって来る車両は東京駅が立入禁止にも関わらず2倍の量の車両数がある。


信号を見てみるが、まだ歩道の信号は赤、車道の信号は黄色になりそうにない。


意を決して突っ切ろうとする。だがすぐ横には警察官がいた。もしここで捕まったら自分の身ならず組織にまで迷惑がかかる。


だが民衆の多くは東京駅に夢中だ。自分を気にしている人はいない。警察もおそらくは…


タクシーが通り過ぎたと同時に足を踏み出す。車はまだ来ていない。早く…早く…と心で唱える。


だが車の動きは思ったより早い。そしてこちらへと迫ってくる。


「…ッ…!」


だが諦めるわけにはいかない。全速力で歩道へと突っ切る。


直後、車道の信号は黄色になる。渡り切った後でだが。


目を凝らして群衆の中を探す。後ろから中谷が来ており、何か叫んでいるが無視する。


確かに見たのだ。群衆の中にいた少年を。容姿こそ違えど…あれは間違いなく、実際に見たから分かる。


彼はあの時、あの場にいた。纏っている全てがそう言っていた。公安で授かったこの能力我がそう頷く。


「どこだ?」


だが彼らはいない。警察はこちらがやった事に気づいていないのは好都合だが彼らがいなければ…いなければ…


「急に走ってどうした?いつも冷静なお前が…」


「いたんだ…」


「いたって…まさか…!」


中谷は早くも察したのか顔に驚愕を滲ませる。


「早く探すぞ!この辺に絶対いるはずだ!何としてでも見つけ出して…」


見つけ出して…どうするのだ。言葉が出てこない。あるのは使命感のみだ。


だが…とにかく探さなければ。この人混みに溢れた東京で。早く……


足を踏み出し、目を凝らす。そして…探し出す。


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